「中山道鉄道公債第二回の發行」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「中山道鉄道公債第二回の發行」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

中山道鉄道公債第二回の發行

我大藏卿は本年一月廿三日第七號の告示を發し中山道鉄道公債二千万圓の内先づ五百万圓丈けを發行するに付望みの者は二月廿日までに申込むべし公債の價は額面百圓に付九十圓なりと公告したり當時我輩は此所置を見て甚だ豪膽なりと評したりき何となれば目下日本理財社會の變像は近年無比の變像にして健康の常態にあらず年七分利付の公債證書にして九十圓以上の高價に賣買しつつあるは今唯暫らく然るのみ决して永續すべき性質のものにあらず然るに大藏卿は十分の割引を爲さず七朱利付の鉄道公債五百万圓を悉皆當時の最高價九十圓に賣らんとするは實に驚くべきの膽力なりと思はれたればなり斯くて三月十四日に至り大藏省より太政官に上申したる中山道鉄道公債募集結果の次第を見るに當初我輩の掛念したる所とは雲泥の相違を顯はし期日二月廿日までに日本銀行本支店并に代理店へ内外國人申込みの額面總高は八百三十七万六千四百圓にして大藏卿が賣らんと云ひし高に超過すること實に三百三十七万六千四百圓なり依て此過剩の分は申込人へ割戻したりと而して爰に最も我輩の目を驚かしたる一奇觀と申すは申込總高八百三十七万餘圓の中に就き告示の價格を競り上げて九十圓一錢乃至九十一圓十五錢にて買受けんと望みたる金額は二十一万三百圓の巨額にまで上りたるの一事なり五百万圓を募集すれば八百三十七万圓の申込あり九十圓にて賣らんと云へば九十一圓十五錢にまでも買はんと云ふ者あるは實に意外千万の現像にして我輩の當初に不明なる今更此報道を得て唯驚嘆するの外なかりし依て我輩は又直ちに當局者に勸告し此好機會失ふべからず鉄道公債發行を五百万圓に限らず續々跡口を發行し證書の有らん限り申込人の所望に應するこそ善けれ三百三十七万圓を割戻して公債熱望家をして空しく失望せしむるに及はずと論辨したりき

今や我輩の願望空しからず我大藏卿は爰に大に見る所あり昨十二日告示第五十七號を以て中山道銕道公債證書を今五百万圓丈け今回更に發行するに付來る六月十日までに日本銀行本支店又は代理店へ申込むべしと公告したり我輩は大藏卿が時機を見るの敏捷なるに敬服し、金あれば功成る中山道銕道落成の甚だ近きに在るを喜び、其喜びの餘りに目下全國大不景氣の苦痛をも一時これを忘却して自から知らざるなり今日に當り七分利付公債證書の市價は額面百圓に付九十二三圓の相塲なりこの相塲にして果して六月十日迄も維持すべきや又今回發行の五百万圓も前回の例の如く又々告示の價格以上にて申込人あるのみならず尋常の申込高をも合すれば其總額五百万圓を超過して六百七百乃至八百万圓にも達すべきや否やは今回も亦敢て我輩の豫知し得べき限りにあらざるなり併しながら爰に公債募集のため偶然の一好都合と申すべきは一昨十二日を以て我驛遞局が同局貯金の預り高に對する利子の割合を引下げ從來一か年七分二厘の割合なりしものを來る七月一日以後金高千圓以上には一か年四分八厘の割合に改めたること是なり從來の如く驛遞局の貯金に年七分二厘の利子を六か月縛りに附するときは人氣の傾く所大いに驛遞局の預け金を便利とし自然公債證書の七分利付賣價九十圓を見て奇貨居くべしと爲さざるべきやの掛念なきにあらずと雖とも今回驛遞貯金の利子を引下け少しく多額の金を預けんと欲する者は年四分八厘の廉利に滿足せざるべからずと改まりたる以上は日本廣しと雖とも貨殖の道多しと雖とも今や信用の堅固なること國中第一にして收益の大なることも亦國中第一なるものは中山道鉄道公債証書に留めて指すの實况に推移りたり此等の實况よりして察するときは今回の鉄道公債募集も亦意外に容易にして或は又前回の吉例にあやかることもあらんかと想像せらるるなり

鉄道の資金は調ひたり工事の捗取りは如何、今より六七か月前の風説に我政府が中山道鉄道を敷設せんとするに付工事を監督するの當局者は向ふ五か年を期して竣功せしめんと欲すれとも資金を供給するの任に當る人は手許の不如意を慮りて先づ向ふ十か年を期すべしと云ひ双方の議論容易に纏まらざりしと云へり此風説果して事實に違ふことなきや否や固より我輩の知る所にあらずと雖とも供資者は成る丈け出金の急且大ならざらんことを希望し使用者の情はこれに反すること從來著明の慣例なるが故に中山道鉄道敷設に關しても當初或はさる事情なきにしもあらざりしならんかと臆測せんは強ちに無理ならずと信するなり然るに本年に入りてより以來此銕道敷設の資金として既に五百万圓を募集し了り今回又更に五百万圓を募集せんとして其事も亦敢て難からざるが如き有樣なり斯る状况なれば曩きの風説の如く資金供給者の心勞も少なく或は却て資金者より工事擔任者を促し五か年の工事は三年にて落成せしむべし否二年或は三年にて竣功せしむべしと迫ることもあらん是〓〓〓〓〓〓なればなり果して此塲合に〓りたる〓〓一工事擔任者に於て猶〓躊躇する所ありて〓〓〓二三年の〓に此工事を竣らんなどとは思も寄らず三年〓早し四年〓〓し先づ五か年の後に落成する位〓〓十分〓〓〓〓〓〓の議を起すこともあらんには是ぞ由々しき大事件なり我輩は國の爲め飽までも斯る不都合の現はれ出てざらんことを希望せざるを得ず工事擔當者と雖とも我日本國人なり我文明富強を熱望するの人なり决して銕道の速成を喜ばざる樣の不都合なきは万明白の事なりと雖とも〓に〓〓者は從ふの諺の如く工事の速成を祈るがため〓かに多數の人員を使用し多額の品物を買入れ■(つつみがまえ+「タ」)々の際工事の美を損するか又は費用の廉を〓ふが如き万一の〓失ありては相成らずとて謹〓又謹〓〓〓ふるの弊なきを必すべからず是人情の免かれざる所なるが〓を〓〓は〓〓に其當局者の注意を請ふも决して無〓の事ならじと信ずるなり