「税法の未來を想像して今日を警しむ可し」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「税法の未來を想像して今日を警しむ可し」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

税法の未來を想像して今日を警しむ可し

我輩か外國人の治外法權に就き其害惡を痛論したるは過般以來數日の社説に於て看官も其大概を了知せられたることと信ず盖し害惡の箇條は一にして足らずと雖とも主として論したる所は治外法權の意味不分明なるよりして遂には内外の奸商等が封建の蔭に居て我國の税法を紊ることもあらんかと未來を豫想して今日を警めたるものに過きず扨其今日を警むるに就ては目下の實際に於て聊かにても外國人の擧動に不都合あれば之れを止めて後來を豫防すること緊要なる可し我輩は本來外國人を惡む者に非ず之を惡まずとて却て我國内の論者より惡まるる程の次第にして外國人に接するには愈々益々打解けて情を盡し自由自在に我國の内部に入れて之を拒まざる其代りには外國人も亦治外法權など云ふ不條理なる慣行を廢して眞實に同等一樣の交際を爲さんことを祈る者なれとも彼れの方より却て我國に入るを好まずして三十年前の舊物を墨守し居留地の一小區内に眠食して旅行規定十里の天地に逍遙し自から之を甘んして他に求むる所のものなくんは是亦是非なき次第にして我れは暫く其爲す所に任するの外なかる可し即ち我時事新報六月十日の社説に外人の旅行規定を嚴守す可き旨を論したるも彼れの爲す所に任して双方の約束をば大切にせんとするの趣意のみ、就て又ここに些細の事ながら論す可きは外國人自用の車馬税のことなり我國法に於て馬車二匹立以上は年税三圓、一匹立は同二圓、人力車二人乘は同二圓、一人乘は同一圓なり之を國税として重ねて地方税の割合を見るに東京府會の决議に營業馬車なれば國税の半額を課し自用馬車なれば國税と同額を課し人力車にても自用のものには三圓、營業乘馬は一圓、自用乘馬は三圓を課するの法なり元來此車馬に課税するものは之を用る程の者なれば赤貧に非ざる可きが故に國用の一部分を負擔して可なりと云ふ趣意と又一方には馬も車も徃來の妨を爲し道路橋梁を損害すること多きが故に之を償はしむるの趣意ならん然るに外國人は居留地に居り其自用の馬車にも馬にも又人力車にても曾て税を納めたることなしと云ふ抑も居留地とは何れの國の土地なるや横濱の居留地は神奈川縣下久良岐郡の一部分にして築地の居留地は東京府下京橋區の一部分なり此郡區に居る者が何故に我國税の負擔を免かるるや啻に是等の居留地内に居る者のみならず東京にある各國公使館に使用する車馬にても我日本の公使が外國の都府に在て車馬税を拂ふことならば我都府に於ても會釋に及はず之を取立てて可なり外國の人が居留地に於て樣々の業を營みながら其營業税を納めざるは我輩の常に不平なる所なれとも其營業たるや唯居留人等相互の營業ならんと強ひて之を寛大に看過するも現に我々日本人と外國人と馬に騎し車に乘て同市同町に走り鐙相觸れ穀相撃ちながら一方は無税一方は有税とは如何にも不都合ならずや畢竟これまでは外國人にして車馬に乘る者も多からず人の目にも留らざりしが故に遺却せられたることならんと雖とも自今外交の次第に繁多なるに從て次第に注意を加へ度きことなり

然りと雖とも治外法權の居留地は一種特別の資格を有するものにして日本の法律は居留地内に於て無効のものなりと云ふ歟我輩は殘念ながら一歩を讓りて姑く其言に從ひ横濱の居留地、久良岐郡内に在るも神奈川縣廳の支配に非ず、築地の居留地も東京府の管轄に非ずとすれば是非もなき次第にして之を一區の邸地として見るより外なし即ち居留地は外國人の私邸なれば其邸内にて馬に騎し又馬車人力車に乘るも我々日本人が戲に邸内に車を走らし又庭の池に舟を浮るも舟車税の沙汰に及はざると同樣にして手の付け樣もなき次第なれとも苟も居留地の境を踰へて外に出てんとすることあらんには一歩も之を許す可らず横濱の居留地外は純然たる神奈川縣廳の支配にして日本國法の行はるる處なり其道路橋梁は縣會の議决に由り地方税を以て修繕する所のものなり其徃來に群集する者は日本國民にして國法を以て保護する者なり故に我國人は馬に騎し車に乘て多少に徃來の妨を爲し又隨て道路橋梁を損することあるの代りとして至當の税を納ることなれば如何に外國人は一種特別の者なりとて他人の出金を以て作りたる交通の器械即ち道路橋梁を無代價にて使用して多少に徃來を妨るも苦しからずと云ふ道理はなかる可し我々日本人が戲に邸内に用たる舟車を公共の河海に浮へ道路に飛さんとするときは即刻より國税又は地方税の責に任せざるを得ず左れば假に外國人の私邸と視做したる居留地を限りとして其所用の車馬をして一歩も外に出ることを得せしめざるは當然の理にして若しも不同心ならば成規の如く納税の義務を負はざる可らず即ち居留地の境には無形の鐵柵を搆へて之を嚴にすること過般の社説に記したる上野高崎間の鐵道に於けるが如くす可きなり

我輩竊に案するに從前外國人が車馬の税を拂はざるは必ずしも治外法權の力に依頼して税金を貪ると云ふ程の意味にも非ざる可し從前日本の税法は偏重偏輕甚た不釣合なりしかとも近年次第に改正を加へて其整頓するに從ひ新に課税するものも少なからず即ち車馬税の如きは新課税中に屬するものにして其法を實施するの際に外國人をば遺却したることならん其証據には遊猟獵税も近年の新法なれとも是れは外國人も内國人も同樣の税を拂ひ曾て其苦情なきを見て知る可し左れば獵税は當時我政府の筋にて外國人あること心付きしが故に内外一樣に行はれ、車馬税は外國人を忘れたるが故に今日まで實施せざるのみのことならん誠に深き意味もなきことなれば必ずしも外國人に向て談判を開く程の大事件に非ず唯一應その趣を通知して直に課税して差支なきや明なり全体府縣會などは地方税の課法に就て樣々議論しながら明白なる税源を看過して是れまで外國人を忘れたりとは粗漏なるものと云ふ可し