「中山道鉄道公債證書」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「中山道鉄道公債證書」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

中山道鉄道公債證書

我大藏卿は本年五月十三日を以て第五十七號の告示を發し年七分利付中山道鉄道公債證書の内更に額面五百萬圓を發行するに付引受方望みの者は六月十日までに引受けんと欲する證書の金高及び價格を日本銀行又は其代理店へ申込むべしと廣告したりき然るに近日に至りて引受方申込の金額頗る多きに過る由専ら風説ある折柄六月廿八日に至り大藏卿は又第八十號の告示を發し最初額面五百萬圓の鉄道公債證書を發行する旨廣告し置きたれとも今回更に五百萬圓を加へ都合一千萬圓を發行すと廣告したり

中山道鉄道公債證書發行總額は二千萬圓なり此内先つ五百萬圓を發行すべしとの廣告ありしは本年一月廿三日の事にして其申込期限二月廿日までに全國内外人より申込の金額は八百三十七萬六千餘圓に達し募集の金額を超過すること實に三百三十七萬六千餘圓なりし然るに我政府は此三百三十七萬六千餘圓のために更に公債證書の發行額を增加することを爲さず依然最初廣告の五百萬圓のみに止めて過剰の分を拒絶し三百萬圓の申込人をして空しく其望を失ひて退去せしめたり當時我輩は此拒絶策の甚た妙ならざるを掛念し只管鉄道公債證書の增發を希望して止まざりしに五月十三日に至りて我政府は更に五百萬圓の證書を發行する旨の廣告あり我輩は大藏卿が時機に投するの敏なるに敬服し次回の募集も前回の吉例にあやかりて其申込金額も亦意外に大ならんかと想像したりき然るに近日の風説に依れば今回申込金額の巨大なるは尋常人の想像にも及ばざる所にして證書額面百圓に付九十圓の定價格にて申込みたる金高凡そ一千萬圓九十圓以上に買上けて申込みたる金高凡そ五百七十萬圓にして募集金額の三倍以上に達したりと云へり此風説果して事實に相違なきや否や固より我輩の知る所にあらずと雖とも去る六月廿八日に大藏卿が今回の發行額五百萬圓を一千萬圓に改めたるを見れば此風説の中らずと雖とも遠からざるものなりしことを知るに足れり何となれば廿八日の告示は唯今回の發行額五百萬圓を一千萬圓に改めたるまでのことにして申込期限等に關する他の發行手續を改むることなければなり若し他の手續を改めずとすれば今回の募集に付引受望みの者は去る六月十日を限り申込むべきものにして此增額の告示世に現はれたる時は申込の總額既に决定しありて今より又更に募集を爲す譯にあらざればなり故に六月廿八日に發行額を一千萬圓に改めたるは疾く既に少なくとも一千萬圓の申込ありしことを證するに足るなり故に今回の募集に一千萬圓の申込ありしは疑を容れず唯尚ほ疑ふべきは風説の如く一千萬圓を疾くに超過して一千五百萬圓以上にも達し居るや否やの一事なるのみ併しながら若し此風説にして事實に相違なからんか我輩は又大藏卿が今回の發行額を一千萬圓に限り他の五百萬圓の申込人をして空しく又其望を失はしむることを惜むなり七分利付の鐵道公債證書を九十圓にて賣らんと云ふに所望の人なくば夫迄の事なれとも既に所望の人ある以上は决して其申込を拒絶するに及ばず目下尚ほ大藏卿の權内に在る一千五百萬圓の全額を盡して一枚の證書をも殘さず賣拂ひて可なり故らに其内五百萬圓丈け今暫く發行を見合せたりとて別に理財上の便益と爲るの理由はなかるべし

銕道の國家の繁榮に必要なるは贅辨を要せず銕道は一寸も長きを要し銕道の落成は一日も早きを要するは目下日本の國情にして人々此急要に應して暇あらざらんとするなり東京高崎間の銕道僅かに二十餘里尚ほ且つ大に日本國の繁榮を增進せんとするの兆ありて既に其慶に浴する者少なからず况や東京大坂間の銕道其落成を告るの日に於てをや又况や東京下ノ關間の銕道落成するの日に於てをや而して又之を爲すこと甚だ難からず或は其落成を五年に期するを得べし或は三年に期するを得べし或は二年に期するを得べし或は一ケ年を期してこれを落成せしむることも亦甚た〓易なるべしこれを要するに唯其費用の供給の續くと續かざると如何に在るのみ若し資金の調達にさへ差支なき以上は銕道の工事は即刻に辨すべきものと知るべきなり今日本の國情は一寸の銕道も長きを競ひ一日の落成も早きを競ひ七朱利付の公債證書を九十圓にて發行すれば其募集に應ずる者雲の如く霞の如く我れ一に先を爭ひて只管人に後れざれんと熱中する折柄故らに證書發行の金額を减省して銕道資金の供給を鈍くし隨て其工事の落成を遅延せしむるが如きことあらば决してこれを策の得たるものと云ふこと能はざるべし故に我輩は切に希望す大藏卿にして今回の募集額を今五百萬圓增加し都合一千五百萬圓と爲るに於て不都合なくばこれを爲すべく若し不都合あらば更に第三回の告示を發して殘額五百萬圓の募集手續を定め早々二千萬圓の總額を募集し了りて一や銕道工事を急がせ明治十八年を期して中山道銕道の開業祝宴を張るの用意あらんことを是我輩の中心に希望して措くこと能はざる所なり