「支那帝國海軍の將來如何」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「支那帝國海軍の將來如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

我時事新報の讀者諸君は本紙上に於て先に支那の通政使呉大〓が會辨北洋事宜に内閣學士

陳寶探〔王偏〕が會辨南洋事宜に翰林院の學士張佩綸が會辨l嚏C彊事宜に孰れも拜任し

たる由を記臆せらるゝことならん南北兩洋の事宜を會辨すと云ふは如何なる役目なるか之

を明言するに由無けれども聞くが如くなれは一は北洋大臣李鴻章を一は南洋大臣左宗棠を

夫々補助して與に海防の事務を講する者なりと云ひl嘯フ海彊事宜なる者も同くl囂ネ沿

海の防禦に關る重職なりと云へり而して其任命は孰れも天津媾和以後に在るを見れば支那

政府が頓に思立ちて沿岸諸省の防禦を急にせんと欲するの意見を以て窺ひ知るべし且つ張

佩綸は沿海七省に兵舶水師を設け重臣に欽侖して經書するに一事權を以てすべしとの上疏

を奉りたるに上綸にて其奏請を嘉納し李鴻章及び曾國セン〔草冠+全〕に侖して會議の上

其意見を申述べしとの勅諚ありし由なり顧ふに今に支那政府中先つ海外の事情に通すと云

はるゝは天津の李鴻章にして氏の意見にては海防のことは全力を一にして要害を扼すべく

諸方を手分けして思ひ思ひに散漫なる防禦を爲すは尤も戒むべき者なりと聞けり先に戴淳

同治帝の時に丁日昌なる人北東南の三洋に水師提督を分置すべしと建議したるに左宗棠は

海防のことは水上に軍艦を浮べて東西相應すべきが故に其號令を一にして外敵を防ぐとき

は首尾相救ふて常山の蛇の如くなるを得べしと雖も若し分て之を守るときは却て〓〓相違

の憂あるべしとて李鴻章と與に丁字の説に異議を容れたりと云へり次に曾國セン〔草冠+

全〕が支那海軍に就て如何なる意見を抱持するかは余輩の知る能はざる所なれども又必ず

李鴻章左宗棠等と大体其意見を與にすること勿論ならん左れば李曾の二老將が今度勅諚に

依て沿海防禦の取調べを侖せられし以上は今の支那帝國海軍の果して恃むに足る可らざる

を觀察し張佩綸の奏の如くに海軍號令の全權を一手に歸して沿海七省の兵備を盛にし軍艦

を泊すべき所には之を泊さしめ砲臺を設くべき所には之を設け或は水雷火を据え或は暗礁

を測定し海軍の士官將校を訓養して器械 運轉大砲の發射に熟達せしめ又は「クルツプ」

砲若くは「アームストロング」砲を購ひ但しは軍艦兵器を造作注文し沿海七省の一帶には

全權の海軍卿若くは水師提督一人の號令を以て之が防禦を張らば三五年にして支那沿岸の

海軍は以て自守るに充分なるべし内に既に充分なるに至らば次て其威光を海外に耀かさん

とするは各國國民の常なるが故に今日恐る可らざるの支那人民とは云へ三五年後には堂々

たる武力を振て傲然傍人を侵凌するやも測り難し虎狼の子、蛇蝎の卵决して侮る可らず長

すれば則ち人を噬む况て四億餘萬の民九十萬方里の國豈に復た恐れさるを得んや但し今回

支那に於て海軍を振起せんとするの議論は唯一の重臣に海防の全權を授て權宜に經薔すべ

しと云ふに止まりて一個獨立の海軍省を設けて陸軍と對峙し海軍卿に海防軍艦の全權を授

けて西洋の海軍と全く其式を同うすべしとの議あるを聞かずと雖ども若し其改革にして能

く行はれなば支那の海軍は頓に面目を一新し今日の如き曖昧無秩序の海軍よりも遙か數等

の改良を得べきは余輩の信して疑はざる所なりとす支那の海軍不完全ながらも今度の改革

を經ば一歩進み二歩行て次第に整頓に至るは勢の自然にして支那帝國海軍の振作も亦遠き

に非ざるべきなり

諺に云く盲蛇に畏ぢずと今日まで支那帝國が其國に比例して恃むべき程の海軍も無きに尚

且つ傲然として人に接し屡々外國に迫られて降伏しながらも頑然自から尊大に構へたるは

蛇に畏ぢぬ盲の類なりしに今や支那國も度々なる經驗を試み來り最後東京の一戰に於て最

も肝膽を冷されたるが故に始て自國の兵力の強からざるを悟りて西洋諸國を恐るゝに至り

しは盖し掩ふ可らざる事實と云ふべし既に西洋諸國を恐るゝの心あらば獨り徃時を追懷し

ても道光の昔し阿片事件より英國の爲めに廣東を始め江南諸省を陷されたるを記臆し其敗

北は何に由りし歟を悟らん或は咸豐の昔し英佛の爲めに天津北京を乘取られを天子北に蒙

塵、社稷棄てゝ守らざるを追想し其耻辱は何に由りし歟を悟ふん又は近くして日本の台灣

征伐、露國の伊犂葛〓等孰れも皆今回安南事件の敗北と與に結合して支那人民に自家兵力

の薄弱を感せしむるに足るのみならず現在、露國は支那より黒龍江一帶の地を奪て浦鹽斯

コに據り英國は香港の要害を扼し葡萄牙も亦澳門に據守し佛國は乃ち東京を取り兩廣雲南

に迫り我日本國が沖縄縣を置きたるが如きも支那人に〓れば其國土を奪はれたる者と思考

することもあるべく現在、上海の支那新聞が其紙上に日本琉球に據守して台灣を窺ふなど

公然明記するを見ても支那人心の一瑳を知るべし而して西洋諸國を見れば軍艦の堅固なる、

大砲の精鋭なるu々支那人の肝膽を驚かすべきが故に支那人の身にて徃時を追懷し現勢を

視察し且つは西洋の事情を聞知せば縱ひ其眼を閉ち耳を塞き~經を〓くせんとするも豈に

その心に不安の思なきを得んや其心に不安の思あるは則ち自強を計る所以にして今回支那

政府が其海軍を改革して七省の防禦を巖にせんとするは盖し支那帝國海軍の將來輕侮す可

らざるに至る第一の〓歩と云ふべし(畢)