「 何を以て地方の人民を富まさん 」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「 何を以て地方の人民を富まさん 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

 何を以て地方の人民を富まさん 

日本全国諸業の不景氣は實に今の時より甚たしきはなし然れども都會商家の間に在り叉商人に親接して其現狀を見つゝあれば世の所謂不景氣も左まで劇烈の點に達したるものとは覺えざることあり盖し都會の金融はこれを地方に比すれば幾分か容易なる所あり隨て商家の逼迫は農家の逼迫の一寸一分の餘裕もなく眞實に緊急逼迫なるが如くならざればなり是即ち都會に居て全國の景况を察する者が時に其正鵠を誤まる所以ならん我輩此程商用のため信濃越後地方を巡回して歸京したる人の直話を聞くに同地方にて民間不景氣の實况は實に都人士の想像にも及ばざるものあり地價の下落金融の逼迫のため民間の慘狀實に見るに忍びざるもの多し信州の或村に入りたるに村内寂として人影を見ず其狀恰も數百の人家一時正に喪に居るものゝ如く然り家々の樣子を窺ひ見るに大抵皆婦女老幼のみにして主人たるべき人を見ること甚た稀なり家の内外の荒れ果てたる有樣は廢寺と一般雨は漏る儘に漏り込み風は吹く儘に吹き入り家内の人々は古障子古疊を胸壁として纔かに寒暑の攻撃を防禦すと雖ども到底其力足らず明日をも待たずして落城せんず風情なり家の荒れたるは兎も角も主人の不在は甚た訝かしと思ひ彼是と聞合はするに彼の家は借金の返濟に窮して主人は何れへか身を匿し今以て行方知れず此家は詐僞取財とかの罪にて主人は入獄中なりなどゝ相も替らぬ困窮話しなり斯る村落は一國に一村と限るにあらず地方によりて唯其多少の相違こそあれ到る處としてこれを見ざるはなしとなり目下全國の不景氣は兼て我輩が見聞して知悉する所なりと雖ども斯る實際の報告に接すれば叉今更の如くに思はれて坐ろに感慨の情に堪えざるなり

目下農家の困厄は其由て來る所地價の下落金融の閉塞に在ること疑ふべからざる事實なるべし然るに更に一歩を溯り地價の下落を起し金融の閉塞を招きたる根本の原因を探るときは一に之を紙幣增發の一因に歸せざるを得ず紙幣增發して物價の騰貴するや全國の農工商家其業体の何たるを問はず何品を仕入れ何品を作るも必ず其利を見ざるはなし殊に農家の如き前日に在ては一石に付四五圓の米價を以て經濟を立てたるものが今日は忽ち十圓と爲り十二圓と爲り豫算外の収入金積て由の如し是に於てか田地を質入しある者はこれを請戻さんと云ひ他人の田地に小作する者はこれを買受けんと云ひ人々爭ひて地主たらんことを熱望するがために遂に田地の價を競上げて勘定外の點に達せしめ一反二三十圓の田地を百五十圓二百圓に賣買して更に其價の高きを訝る者なきに至りたり蓋し地價の騰貴は米價の騰貴に連れたることなるや明白なりと雖ども此の土地を維持するを以て富豪の身分に缺くべからざる事柄なりと心得田地に限りて損得の勘定外に一種不思議の功能あるものとして其所有を競ひたること大に與かりて力ありたりと知るべし然るに近頃に至りて米價は五六圓に下落すると共に世の資産家も土地必ずしも富の印にあらず叉必ずしも安全の家産にあらず政府の公債會社の株式の如き家産と見做すに屈強のものなりと悟りたるがためにさしもに時めきし稻田麥圃もこれを棄てゝ顧る者なく二百圓百五十圓の上田も遂に叉二三十圓の廉價を以て賣買して尚ほこれを買ふ者の甚た小數なるを成するに至りたり前日は田地一反一二百圓米一石十一二圓の割を以て經濟を立てたる農家にして今日は一反二三十圓一石五六圓の割を以て前日の豫算に應せんことを勉む其實際に行はるべからざる當然の事なり地價下落して金融閉塞し金融閉塞して農家の進退維れ谷まる蓋し叉止むを得ざる事の順序なるべし

紙幣增發今更これを怨むも詮なし資産家に田地所有熱望心の冷退したるも知識の進歩如何ともすべからず左すれば唯米價の騰貴と共に地價の騰貴を待つの外に策なかるべきか然るに不幸にして今の米價は非常の塲合を除くの外更に騰貴すべき見込ありとも思はれず何となれば今日の米價は日本一國内の米價にあらずして世界中の米價なるが故に世界の相塲の高低に關せずして獨り日本國内の相塲のみを高低すべき工風なし前日一石の米價十圓と唱へしも其實は紙幣の十圓にして正金の十圓にあらず試に正金に換算して日本の米價を比較すれば五六圓の邊を上下すること數年一日の如く决して農家の想像するが如き大變化なかりしことを發明すべし故に今後とても亦今日までの例の如く一時非常の塲合を除くの外は日本の米價を正金七八圓乃至九圓十圓に騰貴せしむることは决して能くすべからざる事柄なりと覺悟せざるべからず果して然らば目下農家の困窮を濟ふの策は唯其地方に鐵道を通して運輸交通の便を增し以て全体に其地方物産の價を增すの一法あるのみ仮りに今信濃の人民を富ますの方法を案ぜよ山に材木鑛物あり里に生糸紙穀類の産物あるもこれを都會に輸送して利を收めんとするには目下の實况の如く馬背人肩に依頼するの外工風なき間は百年を待つも到底其富實を期すること難かるべし唯これを成すの法は鐵道を布設して東京大坂等との徃來を便にし此地方をして世界の貿易線内に入らしむるに在るのみ