「 佛國の要求 」
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時事新報に掲載された「 佛國の要求 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
佛國の要求
支那佛蘭西両國の東京葛藤は如何落着すべきや世人皆領を引て其報を待てども未た何たる確報もなく實際の談判は果して何樣の點にまで達し居るや更に知るべからざるなり前日來の電報に依れば西太后は斷然佛國の償金要求を拒絶したりと云ひ支那海軍に雇はれ居る英國の士官等は辭職したりと云ひ佛國艦隊は北上したりと云ひ佛國は七月十三日より向ふ八日間の猶豫を與へて支那の决答を促したりと云ひ殺氣黯澹たる其傍に他の電報に依れば清佛の葛藤は無事に落着したりと云ひ清佛の談判は無事に落着すべき樣子なりと云ひ八日間に决答すべしとの手詰めの掛合は叉更に八日間の日延べをしたりと云ひ南京の総督曾國荃は全權大臣として佛國公使パテノートルと會合商議すべしとの命令を受けたりと云て此葛藤は既に落着したるか或は今正に落着しつゝあるか或はこれよりして漸く談判に取掛らんとする都合なるかの如くに見え决して破裂開戰などの模樣はなきものゝ如し畢竟するに支那國内には鉄道もなく郵便もなく電線も少なく新聞紙も少なく政治上の事柄も社會上の事柄も一切皆秘密の中に藏め置くの風習なるが故に何事に=はらず急に確實なる報知を得ること甚た難し今回の葛藤始末にても今暫く時日を猶豫せざれば到底確實詳細の報知を得ることは六ケ敷からん
東京の新葛藤は清佛両國の大事件なり而して彼の五千萬圓の償金を要求したりと云ひ八日間に决答を促すと云ふの類を見れば目下両國間に談判商議中の如くに思はるれども今日まで我輩の受取りたる報道丈けにては果して何れの塲所に於て何人が此談判を爲しつゝあるや甚た不分明なり或は北京にて佛國の代理公使が總理衙門大臣と論判中なるかと思へとも去るにては李鴻章が今回佛國との談判に立會のため北京政府より總理衙門大臣錫珍、中書侍郎==恒を天津に迎へ來りたりと云ひ叉兩江総督曾國筌が全權大臣に命せられ佛國公使パテノートルに會して議する所あらんとするなど云ふが如きは如何解釋すべきや此等の事共を照し合はするに目下東京新葛藤の談判に付何人が佛國政府を代理し何人が清國政府を代理し何れの處に於て何樣の談判を爲しつゝあるや叉爲さんとするや甚た明白ならず不思議千萬なり盖し東京葛藤に關し清佛談判不思議なるは今日に始まるにあらず去年プーリー公使が突然北京在勤を免せられトリクウ公使日本より轉任して再び上海に李鴻章と談判を始め是も滿足なる結果を見ずして中ころに立消となり一方には相替らず東京地方の戰爭を續け居る折柄忽ち天津にて清佛和約の調ひたる報知ありたり此時は是れ本國の新來佛國全權公使は既に安南まで到着しありて不日北京に來らんとし東洋艦隊長佛國海軍中將も亦支那南海より北上の途に在りと云ふの折なりしを以て何人が此大事を委任せられて天津に到り談判せしや知るもの更になかりしが後に聞けば船將フルニエーと云ふ人なりしよしにて聞く者皆一驚を喫したりき斯る次第なるが故に今回の談判も亦例の清佛談判にして何處に何人が何樣の事を爲し居るや實に思議すべからざるなり
今回の東京新葛藤は如何に落着すべきや固よりこれを知るべからず然れども到底開戰には至るまじと我輩は鑑定するなり何となれば支那政府は到底佛國を相手に戰爭を始むるの意なし好し其意ありとするもこれを實地に施すの力なければなり故に仮令佛國政府が戰爭を好むも支那政府はこれに應する者にあらず况や佛國政府の本心と雖ども决して戰爭を好む者にあらざるをや戰爭を好まざるの心を以て戰爭を忌むの人に談判す=平和に落着すべきは智者を俟たずして知るべきのみ佛國は大人にして支那は小兒なり大人の手を以て小兒の喉を扼す何事を要求してか聽かれざることあらん佛國にして金銀を欲せんか金銀を取るべし瓊州を欲せんか瓊州を取るべし台灣を欲せんか台灣を取るべし然れども天下は支那と佛蘭西の天下にあらず世界列國中佛國の兇暴を制止するの力を有する者亦决して一二に止まらず若し佛國にして餘りに傍若無人の擧動を恣にし東洋の新利益を己れ一人の掌握に歸せしめ一粒一滴も之を他人に分つことなからんとするが如きことあらば列國政府は决してこれを黙々に附せず佛國に授くるに大慾は無慾に似たりの教を以てすることもあらん故に佛國の眞利實益を謀るに今回小兒の喉を扼したる利益を取て列國一般に分與するの策に出るに如くはなし此策を施すの法必ず種々なるべけれども試に我輩をして一法を案せしめば左の如くすべし先づ五千萬圓の償金を减して二三百萬圓と爲し其代りには前年劉鉻傳が支那政府に奏議したる四條の長鉄道即ち北京より盛京に至るもの一路北京より=江に至るもの一路北京より漢口に至るもの一路及び北京より蘭州府に至るもの一路と此外に上海より漢江を經て廣東廣西雲南に入るもの一路を加へ総て五條の銕道を布設し此線路に沿ふの各地方は外國貿易の爲めに打開くべし但し何路の鉄道は何年に着手して何年に竣功し何路は何年に竣功すべし若し此約を踐むこと能はざる時は瓊州なり台灣なり但しは廣東省なり雲南省なり佛國に==すべしと盟約せしむべし若し支那政府が約を踐みて銕道を布設すれば支那内地貿易の利は獨り佛國を富ますのみならず全世界を富ますに餘りあるべく若し違約したるときは台灣占領雲南引渡しを口實にして叉々勝手の談判を始むるも决して晩からざるなり果して佛國政府にして斯る策客に出てんか英國と云はず日耳曼と云はず全世界文明國の譽は總て皆佛國政府の一身に集まるべし豈に人間の大快事ならずや千萬圓の金以て佛國の富を增すに足らず一港一嶋の占領以て佛國の威を耀かすに足らず斯る小利益に戀々せずして篤と佛蘭西國が眞利實益の在る所を索むべきなり