「法官必ずしも故障の要點ならず」
このページについて
時事新報に掲載された「法官必ずしも故障の要點ならず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
法官必ずしも故障の要點ならず
治外法權と國の獨立とは同時同處に両立すべからず苟くも我日本國の獨立繁榮を希み社會の文明を欲する以上は今の日本在留外國人が享有する治外法權は來る幾年の後を俟たず直ちに之を今月今日に癈止せざるべからずとの事は我輩の常に辮論する所にして全国の興論も亦此に外ならずと信ずるなり治外法權の癈止するには先ず現行の諸條約を改正せざるべからず條約改正は明治四年來の陳腐談にして世人の耳に熟する所双方當局者の新陳交代其幾回なりにしも拘わらず十餘年の古より十餘年の後に至るまで時に緩急疾舒の相違こそあれ年とし月として必ず條約改正の談を聞かざるはなく今日と雖も其當局者等は尚相替らず改正の談判に忙わしきなるべし我輩は談判の實際如何に捗取りしやを知らず双方應對の次第は如何の様子なるやを知らずと雖も此改正問題の大体上に於いて治外法權を〓くより大且念さるものなく治外法權の存否即ち條約改正論の骨髄なりと云うべき次第なるが故に條約改正論即ち治外法権〓〓〓〓論と解〓するも事實上に於いて敢て大なる相違もなかるべきか依って我輩は條約改正の談判に於いて我日本製は法權撤去を要求し外國政府はこれを拒み双方の議論十分の調和に至らずして日一日を遷延しつゝあるものと測定するを以て適當なりと信ずるなり
我輩今我條約國の一なる英國人に向て治外法權の有害なる次第を説明しこれを今日に癈止することを切望し直ちに英國人の同意を促さんに彼等は何等の言葉を以て我輩に返答すべきや思うに彼等必ず言わん治外法権は一事の權道なり其〓理に適わざるは我輩固よりこれを知れり治外法權をして未來永劫足下の國に存在せしめんとするは決して彼等の意にあらざるなり然れども我等の私心に感ずる所目下治外法權の有無孰れを以て便なりとするやと云へば我等は寧ろ治外法權の存するを好まざるを得ず是れ或は我等の私〓論ならん然れども凡そ我手中に在る所の權利は妄りにこれを人に興ふる理なし我等は彼の米國人の如く足下の國に對する治外法權の權利を視て〓〓一般の觀を爲し無約束にこれを秦ること能はず故に強いて所望とあらば今月今月〓分此權利を棄却すまじきものにもあらずと雖も先ず足下がこれに對して我等に〓〓の報酬を爲すやを承知したる上ならでは容易に此約束は爲し難しと是即ち英國人が第一の返答なり是に〓て我輩又言わん治外法權撤去に對する報酬の事は委細承〓〓〓〓〓〓〓治外法權撤去の上は〓時に〓〓〓〓を打開きて英國を始め世界萬國の自由貿易に供し内地雑居勝手次第なり内地通商勝手次第なり耶蘇教堂を建立するも製造所を起すも鐡道を布設するも鑛山を掘るも唯君等の欲する儘にして決してこれに特別の制限を置くことなかるべし是即ち君等の好意に對し日本人の進呈する報酬なりと英國人又言わん日本人が現行の蟄居拒絶主義を癈し全國を打開きて世界の人を容れんとするは其意甚だ善しこれが爲め新たに各國人が享受する貿易上の利益は治外法權の權利を棄却するに十分の交換物ならん然れども爰に我等が甚だ掛念する所は足下等が口〓〓治外法權を〓〓癈止する以上は何時にも全國を打開きて世界の人を容れ永く親睦交際を爲さんと明言し言葉丈けは甚だ立派なれども是は唯口ばかりにして内心の決意如何は尚甚だ覺束なし深く邪推を廻らして内心を探れば〓も我等は治外法權を棄却する勇氣ある者にあらずとの事を質に取り全國も開くべし交際も厚くすべし但し治外法權の存する間は何事も爲すべからずとて一切の罪を治外法權に歸し治外法權を楯にして己れの足らざる處を蔽はんとする策にあらずや若し果して誠意誠心に全國を開く決意あらんには唯口に明言するのみならず事の實際上にも開國の準備を爲し何時内地雑居の沙汰あるも聊か差支なき様致すべき筈なり然るに我等の見聞する所にてはこれぞ開國の準備ならんと思う程の事もなく全國の人民は百年の後に内地雑居に遇わん〓の了見にて更に心頭に掛くる所なき様子あるにあらずや是れ我等が邪推の必ずしも邪ならざる所以なり足下等は常に疾呼して治外法權癈止すべしと云う我等も強ちこれに同意せざるにあらずと雖も唯其準備の未だ十分ならざるを疑うのみ先ず第一癈止の即日より入用なる民法商法の如き未だ發布の沙汰なきは如何、法律は既に整頓するも此法律を取扱う裁判官は如何、其知識熟練果して我等の所望に應ずるに足るべきや如何と英國人の言う所大抵先ず此邊の事ならん我輩は一應これに答えること甚だ易し治外法權を癈して全國を開かんとは日本人が誠意に希望する所にして敢て我輩の保證を俟つにも及ばず十目十手の視指する明々白々の事實なり而して又開國の準備とても唯十全とこそ申し難けれ大抵は既に整頓し又追々に整頓しつゝあるにあらずや但し君等の最も貴重視する法律法官の類はこれに處する法甚だ容易なり先ず法律を制定するには日本在來の処方を〓〓し此中に就き文明諸國普通の大主義に違背するものはこれを癈し適合するものはこれを存し尚足らざる所あれば歐米〓國の法律中より其蓄きものを〓びこれを補い以てこれを大成し直ちにこれを國中に布くのみ又其法官の如きも當分の間は兎に角に日本人にては不安心なりと云わず我輩も強いて日本人に信任せよとは申さず君等の望の通り英國人にて英國の法廷に立ち法官なたるを得るの資格ある人々を雇い來りて日本の法官と爲し日本全國の大小法廷は〓〓〓〓其一人の〓〓を命ずべし是れ實に容易の事のみ斯の如き事にて君等の望満足すべくは治外法權癈止、法律制定及法官〓聘今日直ちにこれを實行するに差支なかるべし君等の返答如何と云わず英國人は喜びてこれを承諾し異存なかるべきや否や此所蓋し日本人の一考を要すべき大切の點ならん我輩の竊かに恐るゝ所は斯の如く詰問せらるゝに至りて英國人も始めて自己の望む所は必ずしも法律に在らず又必ずしも法官に在らず他に尚遺漏する所のものあるを悟り決して容易に承諾の返答を爲さずらんかの一事に在るなり今我輩の見る所を以てすれば英國人が治外法權の撤去に躊躇するは必ずしも法律に在らず法官に在らず唯其着目する所は上下全体の日本社會に在るのみ法律は人事の一小部分なり英國人が日本内地に雑居し日本人と商賣し日本人と交際するに法律法官の入用を應ずることは決して毎日に起るべきことならず随て其關係する所も決して英國人が口に言う所の如きものにあらざるなり唯英國人の恐るゝ所は日本國の人情風俗が文明諸国普通の常例に違う所ありて尋常同胞兄弟の交際を爲すこと難しからんかと云うに在るのみ果して然らば條約を改正し治外法權を撤去し日本の獨立を固くし日本の〓〓を進むるための第一緊要事は日本の社會を改良して勉めて文明諸国〓〓の例に倣うに在るや明白なりこれを爲す法固より一二に止まらず雖も我輩試しに其一法を記し明白の紙上に於いて其可否を讀者に質すべし