「國力の平均恃むに足らず」
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時事新報に掲載された「國力の平均恃むに足らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
國力の平均恃むに足らず
千六百四十八年有名なる「ウエストハリヤ」の平和會盟ありてより歐洲各國の戰爭、同盟、談判は國力平均の一主義に基きたることは人の能く知る所なり當時國力平均の主義は歐洲外交の定説と爲りしかば大國は互いに相注意して弱小國を併呑し若くは之に干渉して獨り其〓力を膨張するものを制し之を制する方便として各國相互に全權公使を差遣し共に双方の擧動に注意して事情必要の其際には〓國政府を代表して談判照會を行わしむる爲め之を双方の首府に駐〓せしむるに至れり尤も十七世紀中は歐洲の各國二群に分れ一群は則ち西南部にして英、佛、西班牙、日耳曼等相比肩して平衡を保ち又他の一群は北部にして瑞典、〓馬、波〓、露西亞孰れも之が白眉と爲りて共に其平均を維持したりしに千七百三十年頃に至りては南北の二群合同して一と爲り其國力平均の區域を廣め一局部の粉〓にても歐洲全〓其痛痒を感じて事の全く収まる迄は各國互いに〓援して一國の併呑干渉を許さざる事態とはなれり以上は全歐洲中の國力平均なれどもこの國力平均主義は歐洲人の到る處に随從して十八世紀の半に至りては東洋の印度に於いても其主義を現わし當時印度を分領したる英、仏、葡、蘭の四箇國人は其殖民地に在ても亦互いに〓肘し特に英國が佛蘭西及び荷蘭國と開戦せし際には在印度の英國人は遠き東洋の殖民地に在りながらも佛、蘭両國の人と戰端を開き或は其土地の酋長結び或は其加勢を假りて各其既有の領分を奪い未有の土地を得ざらしめんと數虎互に所獲を爭う勢ありしかば印度人は恰も其間に在て一時の小康を保つことを得たり左れば國力平均の主義は獨り歐洲各國の間に存立するのみならず殆んど其各國人個々の間にも浸〓して到る處に其主義を現わしたりと雖も元來この國力平均主義は他の獨り強くして獨り大ならんことを忌む情に出たるものにして一種の嫉妬心と云うも可なり即ち己れ獨り強大なるを得ざれば他の獨り強大なることを妨げ恰かも同強同大の地位に立てば以て甘心す可しとするものなれば或は〓や數理を離したる痴情と云うも可ならん大國間に斯る痴情妬心ある間は弱小國は其睨み合いの際に在て一時の獨立を〓〓することを得べしと雖も世事の沿革人情の變化に由て一種特別の奇相を呈し一旦この愚痴嫉妬の念を脱却する塲合もあらば反掌の間にして弱肉強食の禍に罹ることともならん
上の如く述べ置きて爰に一の不思議と申すは近來佛國にて頻りに東洋の遠客を事として千八百六十一年には交趾を取り其翌年には東蒲塞を以て附庸と爲し本年に至っては東京を占領し支那をして佛國貿易の爲めに雲南両廣を開かしむるに決し現に郎松事件に關しては巨額の償金を要求して〓へ〓〓〓籠港を砲撃し今後の成行如何なる可きや我輩とても之を測知する能わざる程なるに在情歐洲各國公使は知らざるまねして之を看過し英國公使の如き斯る困難の時機に際し我より進〓両國の間に立入り仲裁停〓に尽力すべき地位に在りながら悠々暑を西山に避けて風月を樂み天下に清佛事件なるものあるを知らざるが如く時機の切迫なると事の重大なるに拘わらず唯佛國の我儘に任じて之を顧みざること即ち是なり抑も支那帝國は東洋第一の富源にして貿易の中心とも稱す可き國柄なれば條約各國に對する通商上の關係は決して鮮少なるものに非ず特に支那と密接の商〓を有する英國が佛國の傍若無人なるを羨みもせず又其東洋を我物顔にして獨り強大を致すを見て毫も嫉妬心を動かざるが如きは果して何の理由ぞや印度に於いては國力平均の主義に〓て〓て佛國人と對抗したる英國人が今日に於いて故なく其嫉妬心を中絶する〓なし又獨逸人とても現に〓敵視する佛國人が亞細亞の中原に跋扈して獨り得々たるを見て徒に之を見〓す筈なし然るに今日の實際に於いて英、獨等の各國が袖手傍觀〓を其間に挟まず殆んど秦人の肥〓を視るが如きの現相あるは決して偶然に非ざる可し我輩をして試に一種の憶測を回らしめば右等の各國は極々秘密に條約を定め亞細亞は世界の富源なり然るに目下所有主其人を得ず因て之を略取するに就ては先ず貴國より始む可し貴國の〓色を經營する間は我等一切干渉せず我等の遠略に取掛りたる折には貴國も亦干渉せざる可しとて相通謀する所あるやも亦未だ測る可からず目下歐洲の形勢は國の分限一定し了して互に相侵す間隙なく其間強て侵略を逞くせんとせば恰かも両虎相闘う勢にして双方死傷あるを免がれず喩へば歐洲の諸強國が相互に其土地を取らんとするは他人の厩に入りて養馬を求めるが如し之を買わんとすれば大に金を要し之を奪わんとすれば大に力を勞す損益の數理に於いて策の得たるものと云う可からず然るに目下亞細亞の中原には野馬の肥えたるもの到る處に群を成して然かも其主人の遲鈍なる所有の肥馬を監視するに足らず歐人の伎〓を以てすれば赤手を振て之を奪獲すること易し即ち亞細亞東部の遠略勞小功大なる所以にして各國皆これを熟知することなる可し既に之を熟知しながら徒に佛國の爲すが儘に任ずるとは聊か解す可からざるものなきを得ず是れ即ち我輩をして此歐洲各國間に或は一種の密約あるには非ずやと漫に猜疑の念を抱かしむる由〓なり或は一歩を退を斯かる密約なしとするも各國以心傳心にて其密約通りの意味を〓識暗解することは決して疑いを容る可からざるが如し今日歐洲各國にして佛國の所為を傍觀するは俗に所謂魚心あれば水心あるものにして異日其他の各國が亞細亞に事あらんとするに際して佛國も亦之を妨ぐることなく甘んじて同窟の虎狼たる可し左れば歐洲各國が目下佛國の爲すが儘に任じて傍らより其袖を控えざるは己れも亦佛國の爲す所を爲さんとするものにして昔日印度地方にて相互に奪略を〓制したる〓筆法を襲かず無算の痴情を〓して有利の數理を悟り倶に興に他を奪略して其間に國力の平均を保たんとするものなれば現在支那の禍は唯支那のみの禍に非ずして東洋全〓皆な其禍に罹る運命を有せりと覺悟せざる可からず左れば歐洲の國力平均も今日は以て東洋の〓國を庇護するに足らず若し悠々〓遇して之に應ずる用意なければ〓〓の安眠未だ醒めざるに早く己に魚俎に上り〓口一〓殻と供に併呑せらるゝことともならん故に我邦の人民も今日支那の禍は唯支那のみに止まらざることを知り我〓を磨き我銃を備え我民心を調和し我文明を進め明日とも云わず今日唯今西鳥來て東魚を呑まんとすることあるも其國勢の〓〓嚴森にして社會の文化開明なるを見て口を〓して〓巡せしむるに至らしめんこと我輩畢生の願望なり