「遂に破裂したり」
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時事新報に掲載された「遂に破裂したり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
遂に破裂したり
本日の雑報に記載する如く去月廿五日以來清國上海に於いて清國全權大臣両江総督曾國〓と佛國全權公使「パテノートル」との間に辨難しつゝある郎松事件償金要求の談判も遂に調和に至らず曾氏は袂を揮て上海を立去りたりとなり今回の談判たるや其事理簡單明白なるにも拘わらず悠々三過日餘の日子を空費して未だ何れとも決着する所あらず支那政府の優柔不断は兼ねて期する所なるを以て當初はこれを見て左まで退屈の心もなかりしと雖も人の辛抱には自から程〓のあるありて近日に至りては坐〓に欠伸坐〓を催す折柄忽ち談判破裂曾氏去るとの報知あり左すれば今回の清佛事件も一概に等閑視すべきにあらず特宜に由りては随分東洋社會の一大變動を惹起するに至ることもあらん今よりして又決して〓忽ちに看過すべからざるなり
抑も今回の郎松事件なるものを回顧するに本年五月の中旬なりし天津に於いて北洋通商大臣李鴻章と艦將「フルニエー」との間に東京爭奪に關する清佛両國の紛議を和解して和親仮條約を取結び其約中に在東京の支那軍は早々支那の國境内に退去すべしとの一章を加え置きたり然るに同月の下旬に至り在東京佛軍の一神將「チユゼーン」とか云えるは一隊の兵を引卒して支那軍の〓守する郎松城に來り天津の條約ありたればとて城將に退去を命じたりと雖も城將は未だ支那政府より何分の沙汰なきゆえ唯今城を明け渡すことは承諾し難しと答えたるに佛將は威追してこれを承諾せしめんと空砲を放ちたるがため素〓開戰なりとて城兵は實弾を放ちてこれに應じたりとも云い或は又佛將の要求に對して城將の〓〓に要求の通り〓當に城明け渡すべけれども〓〓には實行し難きに付五六日の猶豫を給わるべしと其人質にとて三名の支那人を送りて佛軍の陣營に到らしめたり然るに佛將は其請う所を容れず僅かに一時間の猶豫を興え此期限内に必ず退出すべしと命じたれども支那軍從わず剰え伏兵を設けて佛軍の歸路を要し佛軍の死傷百名に近かりしとも云えり斯の如く郎松戰爭の實況は兎角に明白ならずと雖も此戰爭に支那軍が勝利を得たる一事丈けは必ず事實なるべし此報知の佛國に達するや佛國政府は〓として大に怒り支那政府は天津の條約に違背して佛軍を襲撃したり最初天津の和議の如きも佛國は勉めて穏便耐忍を旨とし償金をも要求せざりし程なるに彼れ恩に慣れて此不法の擧動あり條約違背の〓決して宥恕すべからずとて直ちに二億五千萬佛（五千萬圓）の償金を要求したり支那政府は之に答えて天津條約は豫定の約束にして終結の約束にあらず然るを東京の佛將が郎松の支那軍を退去せしめんとしたるは條約に違背したるものなり好し本條約の議定を待たず仮條約のまゝに約束を執行することとするも在東京の支那軍を引拂うは成るべく速やかに取り計らうべしと云うまでのことにして決して仮條約調印の日を以て其期日と定めたるにあらず然るを東京の佛將は天津條約の報知を聞くと均しく郎松城の明け渡しを迫り兵力を以てこれを強いせんとしたるは條約に違背したるものなり若し郎松事件にして償金を要するものならんにはこれを出す者は佛國政府にしてこれを取る者は支那政府たるべし今佛國にして破約要償の沙汰あるは事理を〓倒したるものなりと云うよりして此談判は中々に纏まるべき模様なし然るに支那政府は自から内に省みて其國力の微弱なるを知るが故に眼前佛國政府が無理非道の要求も断然これを拒絶して我權理を全くする勇氣なく遂に五十萬両（七十萬圓計り）を出して佛軍の死傷者に〓〓すべしと申出したり然れども佛國の大望は固より數十萬の金を以て鎮静し得べき性質のものにあらず追て其要求金額を最初の三分一に減少し一時寛容の外貌を〓いんと雖も未だ支那政府の確答を得ざるに前に急ぎ台湾の一港を砲撃して其實際の効力を取消し腕力の外は到底此粉〓を解くべきものなき至難至危の地位に陥れたり斯くて數日間辨難〓〓の後遂に此談判は不調に歸し支那の委員は〓を命じて上海を去りたり是則ち目下郎松事件の概〓歴史なり
郎松事件は其曲佛國に在りとは佛國人を除く外歐米東洋諸国一般の興論にして獨り支那人の〓〓主張するのみにあらず斯の如く是亦曲直の明白なる爭論たるにも拘わらず支那政府は何の憚る所ありてか卑屈柔順他人の暴言暴行するに任せて更に己れの權理利益の〓物たるを辨論せざるが如し盖し支那政府の内に省みて大に苦慮する所は其兵力未だ以て佛國に抗するに足らざるべしと云うに在らん〓に敵兵の恐るべきのみならず一旦外國と〓戰の上は兼ねて國内各方に滋蔓〓ある〓〓會、白蓮社徒、三〓〓等の不平の徒はこれを機として反旗を翻えし内〓外患一時に勃興し四百餘州四分五裂の修羅塲たる不幸あらんと云うに在らん如何にも支那政府の苦慮する如く兵力の不足もあらん内乱の恐もあらん此際妄りに外國と〓を開かば兵敗れ主辱めらるゝは勿論或は國土人民をも擧げて他人の有に歸する不幸あるやも測られずと雖も然れどもまた顧みて世界の實勢を察するに若し支那政府にして今の儘の卑屈柔弱政略を今數年間持續することあらんには其政府の〓覆は勿論其國土人民を擧げて他人のために奪い去らるべきは〓を懸けて見るよりも明白ならん國を亡ぼし身を失うは國家の大事件なり苟くも此大事件に關係ある事は容易にこれに手を下すべからざること勿論なりと雖も敵と戰うも國を失い戰わざるも亦國を失うと定まりたる以上は是非もなき運命なりと觀念し坐して自滅の日を待たんより寧ろ自から進みて一戰を試み死地に陥りて生を求むる謀を爲すべきなり佛國何程に強暴なりと雖も不平の徒何程に衆多なりと雖も土地四百四十萬方英里人口三億七千萬を有する大帝國が死力を致して其防〓を爭わんには容易にこれを亡ぼすこと能わざるべし或は却てこれがために士氣を振作し腐敗の空氣を一掃し僅かに國土人民の一部分を失うのみにして残餘の部分を以て新に健全なる一帝國を起すことを得るやも知るべからざるなり支那政府たる者は断じて戰うべし和すべからず今や支那政府が無用の談判を癈して其全權使臣を召還したるは其處置甚だ當を得たるものなり此上は唯一戰以て佛國と曲直を爭う一事あるのみ我輩は支那政府の爲めに謀りて飽くまでも其決心を堅固ならんことを希望するなり