「佛軍の強には敵すべし自國民の愚には敵すべからず」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「佛軍の強には敵すべし自國民の愚には敵すべからず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

佛軍の強には敵すべし自國民の愚には敵すべからず

今回の佛清戰争に關し我輩嘗て清國政府の軍略を臆測して七十年前露西亞人が佛帝「ナポレオン」第一世を窘ましめたる故智を襲用し初めより百戰百敗するものと覺悟して野を清めて敵の來るを待ち敵來れば我退き敵去れば我進み結局敵の疲るゝを待ちて徐々に戰勝の功を収めんとするものにはあらざるか若し然らんには是も亦支那が佛國に對する倔強の一策なりと雖ども唯此際最も掛念すべきは不逞の徒國内各處に蜂起して自から我腹心を衝きこれを鎭壓せんとして外に對する我働きの自由を失ひ進退維谷まりて一事を成すこと能はず遂には支那全國土崩瓦解する其有樣は老朽の大木一旦傾倒して粉碎となるが如きの恐はなきや獨り内乱のみならず又別に一條の心掛りは佛國と戰を開きたる上は勅令を發し諭告を傳へ只管佛國人の不義無道を鳴らして全國の士氣を勵まし攘夷の精神朝野に充滿するの折柄無知の群民等は佛人英人米人露人等の辨別はなく唯外國人とあれば平等一切にこれを嫌惡し之を敵視するの餘り或は在北京の各國公使館を襲撃するなどの奇變はなきや是亦大なる乱階なり支那政府にして果して能く内を制して外に應するの餘力あるべきや如何と評したりき然るに此言の未た畢ふざるに忽ち福州?江の砲臺にて英國軍艦「ゼフヒヤ」號を砲撃し士官兵士に重傷を負はしめ馬尾にては支那兵士等外國人の居舘に乱入し誰れ彼れの區別なく恣に分捕りしたりとの報道あり此調子にては汕頭なり廣東なり寧波なり上海なり何時何樣の變事出來し外國の軍艦商戦を撃沈め居留の外國人男女老弱を屠殺し外國人の貨物居舘を燒拂ふ等の事なかるべしとも云ふべからず果して然るときは仮令支那政府をして今回の軍略は野を清めて遠く退き?日彌久、遠來の敵人が窮乏疲弊するの日を待ちて勝を制せんとするに在らしめたりとするも今は最早此軍略を實行するの餘力あるべからず、湖南湖北の老哥會員未た必ずしも竹竿を掲け席旗を翻へさず、廣東廣西の三合黨員未た必ずしも羽檄を飛ばして黨類を嘯集せず、四川陝西の白蓮教徒未た必ずしも相呼應して蜂起せず、唯全國二十餘箇處の開港塲地方に在る無知の群民無知の兵士等が天朝攘夷の諭旨を體し愛國忠君身を殺して仁を成すの誠心より西洋東洋一切の洋鬼醜類を鏖殺し妖気一掃堂々たる中華の空氣をして再び古の清明に復せしめんとする樣のことあらば此小擧動既に百事を瓦解せしむるに十分の力あるべし、福州の兵士等は業に巳に英艦を砲撃し外國人の居舘を劫掠したり忠愛の義を致すは敢て遽かに人に譲らずと自信する他の開港塲の兵士群民等も福州同胞の風を聞て奮然として競ひ起り各皆外國艦砲撃、外國人誅戮、外國舘劫掠等の功名手柄を博することに遅疑せざるべし斯の如くにして支那政府が仮令何樣の妙策を廻らして佛國人に當らんとするも門を出てゝ未た敵を見ざるに早く既に英國人と〓を開き獨逸人と争を起し又露國人と怨を結ぶが如き有樣にては敵を窘むるは勿論自から衛ることさへ到底六ケ敷き業なるべし

外國の軍艦商船を砲撃し外國人を屠殺し外國人の家を燒拂ふが如きは固より清國皇帝の本意にあらず唯無知の兵士等が聖旨の在る所を誤認し佛夷攘ふべしと云ふは一切の洋夷を打拂ふべしとの趣意なりと心得誤て無辜の局外國人に害を致したるものなるが故に清國皇帝の政府は敢て其責に任すべきものにあらずと云て目若たることを得るか決して能はざるなり各國政府は直ちに北京政府に向て支那兵士等が無法の所業を詰問し仮令真實は北京政府の命令にあらざることを知り得たりとするも尚ほ其責は北京政府に在りとせんこと勿論なるべし此時に當り北京政府が自から其責に任することを諾し被害國に向て速かに滿足を與ふれば甚たよし若し左もなくして言を左右に托し被害國の要求を拒絶することもあらんには直ちに又此國に向て戰を開くの覺悟なかるべからず目下佛蘭西一國を相手にするも尚ほ且つ防禦の力足らざるを憂ふ此際更に又一二敵國の數を増さんとするが如きは到底言ふべからず又行ふべからざる大難事なり果して然らば局外國人へ害を加ふるが如き變事出來の度毎に北京政府は其被害國に向て叩頭百拜し土地を欲すれば直ちに土地を與へ償金を欲すれば直ちに償金を與へ駿速に要求せらるゝまゝの債を拂ひて他の好意を損せざるより外に工風なかるべし然れども恐くは局外國人の攻撃の變事ハ今回の福州事件にのみ止らず全國二十餘港到る處に其貮舞を演し一幕を終る毎に土地償金を出して被害國の要求に應し傍ら佛軍の侵入をも防禦せざるべからざる塲合に立至ることもあらん果して斯る塲合に臨むときは支那何程に國廣しと雖ども何程に人多しと雖ども現在限りあるの資力を以て此限りなきの求に應することは難かるべし佛軍の強には尚ほ敵するを得べし自國民の愚には敵すべからず知らず北京の主戰論者は何の妙策ありて此難局に處せんとするか