「必ずしも愛親覺羅氏の祀を絶たず」

last updated: 2013-10-17

このページについて

時事新報に掲載された「必ずしも愛親覺羅氏の祀を絶たず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

必ずしも愛親覺羅氏の祀を絶たず

今回佛清の事件は啻に佛と清との關係のみに止まらず歐洲全社會が東洋の大帝國に向て新

に活眼を開くの時期に到着して佛國が偶然に其端を發したるものならんとの意味は我輩の

常に臆測する所にして既に其邊に付き鄙見を述へて讀者の高評を煩はしたることもあり扨

事の實際は如何なる成行にて歐洲各國人が帝國の内地に入込む可きや支那人は今度佛と戰

て手もなく敗北し又同時に英露獨等の敵を求めをかたの如く敗衂を取り忽地にして四百餘

州の國土を各國の分配に授けん歟、左りとては餘り無造作なる譯にして必ず然る可しと答

るを得ず老樟朽ちたりと雖とも大木は則ち大木なり二三樵者の能く倒す可きに非ず支那帝

國老朽せりと云ふも所謂古國にして一朝に其跡を絶つは盖し人事の勢に於て難きことなら

ん左れば佛清事件も双方樣々に操合ひし上にて双方歩み合ひの和議と爲る歟又は支那人が

何處までも頑固〓〓にして遂に城下の〓にまで迫られ償金を拂ひ土地を割て罪を謝し以て

一段の局を結ぶ歟、左るにても國を亡ぼしたるに非ず体面こそ美ならざれ國は則ち尚獨立

國にして未た歐は手中のものと云ふ可らず然ば則ち之を如何せん我輩の所見を以てするに

歐人の目的とする所は實に在て名にあらず必ずしも支那帝國の政府を滅ぼして愛親覺羅氏

の祀を絶たしめたりとて實際に利する所なきに於ては目的を達したるものに非ざるが故に

歐人は其政府の存するを嫌はず其帝室の連綿たるを妨けず却て其名義を利用して自家の實

益を謀ることならん其手段は樣々にして或は政府に人を入れて漸く樞要の地位を占め以て

國事を左右するの法もあり或は大に開港開市を勸め沿海の地より内地に入りて貿易商賣の

區域を弘むるの策もあり結局今日支那の商賣は其大國の割合に大ならずして深く内地に入

れば無數の土民等は未た歐人あるを知らず歐品あるを知らず阿片煙芳香の美をさへ試みざ

る者多ければ從來全國貿易の道未た發達せず遺利尚甚た多しと云はざるを得ず依て今全帝

國を打開て自由貿易の郷と爲し遠近の土民等をして親しく西洋文明の澤に浴せしめんには

阿片煙は口に旨く唐木綿は體に輕く砂糖の味ひ石油の光り嗜好欲望の念必ず禁ず可らざる

ものを見出すことならん是に於てか今の支那貿易を五倍にし又十倍にするは眞に容易の事

にして其利益に際限なかる可し歐人にして此實益を収め得る以上は虚名の爲め態々支那帝

國の政府を換置し國名を改稱し地圖を改描するの勞と費用を求むるの要なかる可きなり然

るに今此實際上の利益を収めんとするに當り第一の故障は支那内國運輸の便甚た不完全に

して加ふるに又支那と歐洲との間其距離尚甚だ長遠にして徃來迅速ならず隨て貿易の發育

十分なるを得ざること是なり故に支那全國を打開て自由貿易の郷と爲し十分の利益を収め

んとするには必ず先づ國内の運輸を便にし兼ねて歐洲本國との徃來をも改良せざる可らず

今支那雲南省の西端より銕道線路に接續せんとするには其延長僅かに五百英里に過ぎず若

し其工事を成就したらんには歐洲よりの順路は汽船にて「ボンベー」港に着し夫れより印

度の鉄道を一直線に雲南に來る可し斯の如くするときは現在支那より歐洲に到る旅程日數

四十日計りのものを減して二十五日内外のものと爲すこと容易ならん或は又近日英人「ス

チーブンソン」氏の企畫となりと言傳ふる小亞細亞より波斯、印度を經て支那に達するの

長銕道果して其功を成さんには歐洲の中心より支那の中心に至るの陸路六千英里十日を出

てずして互に相徃來するを得べし又今一つの計畫英人「コルケホン」氏が支那内地及び安

南、暹羅、緬甸等の地方を親しく跋渉して測量算定したる鉄道線路は其端を英領緬甸の「ラ

ングン」港(此港より内地へ向け二條の既成銕道あり)に發し暹羅の「キヤンセン」緬甸

の「キヤンハン」を經て雲南省の「エスモク」に達す此延長八百英里工費概算三千二百八

十八萬弗なりと云へり若し此銕道にして成就したらんには歐洲より支那に來るに馬來半島

を迂回するの勞なく直ちに「ラングン」に船を寄せ前後の旅程十日内外を減縮することを

得べきなり扨前記諸案の如く支那歐洲間の距離短縮して雲南省は東西徃來の門戸と爲ると

同時に支那全國に鉄道を布設し楊子江の流域は勿論廣東に北京に東西南北に蛛網を張り何

れの邊境を問はす歐商の〓す可らざる都邑なく歐品の供給を得可らざる土民なからしめん

ことを期せざる可らず而して銕道工費の如きは先づ支那政府をして之を辨せしむ可く政府

果して此求に堪えずんば歐人自から資本を下して其成功を急く可し斯の如くして此功一旦

成就の上は支那政府は依然たる愛親覺羅氏の政府なるに其土地人民は何時か既に歐人の土

地人民と變したるを見ることならん是即ち名を爭はずして實を取るものなり故に我輩は思

らく歐人必ずしも名に拘泥して愛親覺羅氏の政府を忌むことを要せす永く其名を存して其

實を與へず我れは穏便なる商賣の手段に由て四百餘州の滋養液を吸取するの策を勉むべき

のみと