「貧富論」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「貧富論」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

學者政談家の目的は富貴を求るに在り地位を高くするは之を得るの方便なり

今の文明の敎育を勸め、今の殖産經濟の有樣に居り、物理政理の學は次第に上進して其學者の人品を高くし、

人品漸く高くして漸く生計の訣乏を覺へ、之を求めて得ざるときは憂苦の心、内に鬱せざるを得ず。凡そ物の鬱

積して發散の道を求るは自然の理にして、學者の事業中政治は最も活潑なるが故に、或は以て血氣發散の活路と

認め、事の虛實を問はずして勢の外相に走り、物理科學を去て政治談に移る者甚だ多く、天下に政談家の繁殖正

に盛なりと雖ども、政談社會に衣食の乏しきは科學社會に等しく、政を談じて政に參るの地位と利祿とを得ざる

其有様は、物理科學を學び得て之を施す處なきものに異ならず、憂苦の鬱積益甚だしがらざるを得ざるなり。抑

も學者が螢言の苦を積む其目的は各大小遠近あるも、其最も近くして最も要用なるは、成業の後、先づ以て一身

一家の生計を得んとするに在り。又政談家の多數も其目的とする所は單に富貴の一點に在りて、政談は之を求る

の方便なれば、學問も政談も共に方便にして、此方便を用ゐて目的に達するを得ざるの苦痛は、下流の力役者が

手足を勞するも貧富懸隔の今の社會に於て到底飢寒を免かれ得ざるものに異なることなし。然るに此貧民力役者

の鬱憂苦痛を慰るには、不完全ながらも自から其法を存じ、或は慈善家の惠與もあり、又は臨時の快樂、遊戲、

慶賀等の事に由りて民情を擾攪瞞着することありと雖ども、人品梢や高尚なる學者政談家に至ては、貧困の鬱憂

は彼の貧民に等しきも、之を慰撫するの法は自から同一なる可らず。學者士君子に向て直に惠與の錢を投ず可ら

ず。天下國家を題目に唱る政談家をして一タの酒肴に飽かしむるも、以て其心情を和するに足らず。心事高尚な

れば慰撫の法も亦高尚なるを要す。我輩の所見を以て其法を講ずれば。

第一、學問の地位を高くし以て學者の心を安からしむること緊要なり。抑も人間社會のあらん限り、國は治め

ざる可らず、人は敎へざる可らず。國を治る者これを官吏と云ひ、人を敎る者これを學者と稱す。而して此國を

治むる事と人を敎る事と相互に比較して、執れを重しとし孰れを輕しとす可らず。又其事の難易を比較しても、

執れを難しとし執れを易しとす可らず。其事に輕重の差なく、又難易の別なし、然らば則ち之に從事する人の身

分に就ても、毫も輕重する所ある可らざるや明なり。然るに世界古今の實際に於ては、學者と官吏と其權勢の輕

重常に一樣ならず、人間の名利は官吏に歸して、學者は無力の暗處に蟄居するものゝ如し。殊に日本の如きは近

來こそ漸く纔かに門閥制度の舊風を脱して、社會の組織尚未だ繁多ならず、民心唯政事あるを知て人事あるを知

らざる單純國に於ては、榮譽利祿皆官の筋に生じ、政府は恰も人関禍福の源なるが如き勢を成して、此禍福を司

るものは則ち有司なるが故に、學者に顔色なきも亦謂れなきに非ず。或人云く、官員たらんと欲せば當さに日本

に生まる可し、生まれて學者と爲らば當さに日本を去る可しと。此言味あるが如しと雖ども、學者にして日本を

去る者もなく、唯近く勢に走らんとして學問社會に安んずるを得ず、皆起て仕官に熱心し、無數の熱心者中、或

は幸にして官途に地位を得る者あれば、却て他をして之を羨むの念を增進せしめ、鬱憂煩悶して不平の數を増す

に足る可きのみ。卽ち近來世間に政談家の多くして、其出處を尋れば大抵皆學問の門より來りしものにして、直

に農商の家に出たるの例甚だ稀なるを見て知る可し。斯の如く今日我國に於て學問の社會は政治の社會と對峙兩

立するを得ざるのみならず、實は政治の範圍内に寓居し、文學士が世俗吏の指揮を受けて學問の方向を左右する

の有樣を成し、命ずるものと命ぜらるゝものとの關係にして、學問社會の微力なるは實に憐む可きものたり。或

は學者を尊しと云ふ歟、其尊きや所得の學識に由て尊きに非ず、其人が幸にして何等官なるが故に尊きのみ。或

は學者に生計ありと云ふ歟、其生計は政府の筋より給與せらるゝ俸給の生計たるに過ぎず。凡そ今の學者にして、

直接にも間接にも全く政府の手を離れて純然たる獨立の生計を成し、政治の外に悠々して曾て他を羨むの念なき

者は、天下僅に指を屈するの數もなきことならん。學問社會の貧窮は之を傍觀して氣の毒なりと云ふ可し。左れ

ば今この窮を救はんとして、單に金錢を給す可きにも非ざれば、先づ以て學問の地位を高くして學者を敬するこ

と急要なる可し。國を治ると人を敎ると、其事果して輕重難易の別なきものならば、苟も文事に力を盡して人の

智見を開き、未發の物理器械等を發明工夫して世のためにしたる者あるときは、其人の功に對して多少の敬禮を

呈すること、國を治る人を敬するが如くして、當然の分なる可し。或は日本文明の學問は尚幼穉にして敬するに

足るものなしと云ふ歟、文明は獨り學問に幼穉にして政治に老成するものに非ず。若しも學問に幼穉なれば政治

にも亦幼穉なる可き筈なれば、幼穉は幼穉のまゝに雙方共に同一樣の待遇を受るに差支ある可らず。若しも然ら

ずと云ふ者あらば、卽ち政治は重くして難く、學問は輕くして易く、政治の國を利するは學問の人を利するより

も大なりと云ふに異ならず。蓋し今の文明世界には通用す可らざるの言なり。

右の如く學問を重んじ學者を尊敬したればとて、之に給す可き實物あらざれば、學者の貧困を救ふに足らざる

が如くなれども、實は名に伴ふものにして、敬は名にして錢は實なり。世上一般に學問を重んずるときは、自然

に學者の地位を高くし、地位高ければ勞して報酬を得るも亦多し。例へば朝鮮の僧侶は甚だ貧寒にして殆ど乞食

に等しく、日本の佛門は之に比すれば甚だ豐にして僧侶の品格も亦甚だ高し。蓋し朝鮮にては李氏の治世五百年

來、佛法を擯斥蔑如すること甚しくして、自然に佛法僧侶の品格を低くし、以て今日の貧窮に陷りたることにし

て、目本の習慣は全く其反對に出で之を尊敬したるが故に、自然に寺門の地位を高くして僧侶の身も豐なるを致

したるものならん。左れば寺門の地位は尊敬の名にして、僧侶の身に奉ずるものは有形の實物なり。朝鮮の僧侶

は先づ貧にして品格を落したるに非ず、日本の僧侶は先づ富みて地位を上げたるに非ず、其實は地位を上げて後

に富み、品格を落して後に貧なりしのみ。苟も名義を上げ名義を高くすれば、實物は自然に之に從て相伴ふもの

と知る可し。故に今、日本に於て大に學問の地位を上げて學者の品格を高くするは( 無藝無能の輩が空しく尊稱

を得たる者に異なり)、取りも直さず其藝能伎倆に價を附するものなれば、實物の之に歸すること甚だ易く、學問

社會も亦一種名利の里と爲りて自から和氣を催ふし、必ずしも政治社會の春を羨て之に爭附することもなく、自

家に悠々として別乾坤の閑を樂しむことあらんのみ。                   〔十月二十九日〕