「獨逸が「キユバ」島を占領して其影響如何」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「獨逸が「キユバ」島を占領して其影響如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

獨逸が「キユバ」島を占領して其影響如何

政治は其性質主義を見て是非を判斷す可らず獨露墺の君主政治と英米の民庶政治と全く相

反對して互に相讓らず各其得意の道を行て相對峙するは正に今日の西洋なりとの大意は前

號の紙上に之を開陳したり然り而して我主張する所の政を行ふて國威を外に示さんとする

には獨り其政を自國の人民に施すも未た以て目的を達するに足らず自家の主義を他國にも

流行せしめ陰に他國人の心を奪ふて自家の治風を欽慕せしむるに至て始めて國威の立つも

のと云ふ可し君主政治の國に隣するに民庶政治の國を以てす交通便利の今日に於て兩國の

人民相互に其治風を比較して孰れにか左袒する所のものなきを得ず君主政治能く他の賛成

を得る歟民庶政治能く他を靡かすを得る歟其目的を達したるものは政治上の優勝にして然

らざるものは其劣敗なり例へば獨逸人が英米の治風を慕ひ英米人が獨の治風を羨むが如き

あらしめなば各其國を維持すること甚た困難なる可し故に文明の各國が各自の治風を維持

するの要は兵馬を以て軍國を護するの要に異ならざるなり

近來聞く所に據れば西班牙政府は西印度に在る「キユバ」島を捨てゝ之を獨逸に讓與せん

とするの内議ありと云ふ獨逸は三四年來頻りに西班牙と交際を厚くし其君王々族相互に來

徃する等何か陰密の約束にてもあるかと世上に漫評ある程の次第にして且該島は西班牙政

府より多年の収斂を以て既に其財源をかつ竭し金錢上には其持主に利する所もあらざれば

何か獨西兩政府の相談合にて讓與の事も隨分行はれ難きものには非ざる可し扨獨逸政府が

いよいよ「キユバ」島を占領したりとせんに之がために南北亞米利加は如何なる影響を被

る可きや我輩の想像を以てすれば獨政府は素より此占領したりとせんに之がために南北亞

米利加は如何なる影響を被る可きや我輩の想像を以てすれば獨政府は素より此占領に由て

直に財を利するの目的に非ず寧ろ一時は財を費すの媒介たらんと雖とも是れは最初よりの

覺悟にして先つ島地の要害を嚴にし本國より大に海陸の兵を送りて虎視耽々の威を示し又

或は其近傍の大陸上に略す可き地方あれば實に手を下して之を押領し漸く猿臂を伸ばさん

とするの勢を成すときは近傍の小國にて之を恐るゝは無論、或は其威光を仰き觀て之を羨

む者も多からん然りと雖とも是れは唯小弱國のことなれば時の勢に進退して却て心配も少

なかる可きなれとも爰に心配に堪へざるものは合衆國なり合衆國は北米の中央に位して一

區の獨立國なりと雖とも其實は暗に新世界の全面を支配して自から政治主義の針路を指示

し南は角岬の端より北は「アラスカ」の邊に至るまでも人民自治の風に靡かざるものなし

歐羅巴の帝王國をして新世界の政治に干渉せしむることなしとは合衆國人の敢て自から任

する所にして曾て他人の鼾睡を容れざりしは合衆國の合衆國たる所以にして即ち自國の政

治を自衛するの國策ならん然るに獨逸人は近く「キユバ」を占領して漸く大陸を窺ひ傍若

無人鼾聲雷の如し合衆國人にして默止す可らざるなり他事は姑く閣き獨逸が「キユバ」に

兵を屯すれば合衆國に於ても其兵力に對する丈けの常備軍をば設けざるを得ず從前合衆國

が隣國の小弱なるを利して常備を等閑にしたるは封建の武士が土民の間に雜居し安心して

腰間の双刀を脱したるものに異ならず身体輕便にして徒に財を費すこともなく經濟のため

には至極の都合にして獨り富裕を誇りしことなれとも今や戸外に武人の群集するあり敢て

公然鬪を挑むには非ざれとも之に應するの武噐は用意せざる可らず時勢止むを得ざるもの

なり其法如何す可きや三十八州各別に常備兵を置くか又は特に各州に軍資を課して中央の

直轄にするか何れにも合衆國は以前の廢刀主義に依る可らず又これが爲には自から全國の

殖産にも影響して失ふ所あるも得ることなかる可し加之獨逸が亞米利加地方に施す政略は

固より君主々義なること疑もなき所なるに其政略にして若しも功を奏することあれば人民

の思想に自から變を生し國の政治必ずしも民庶主義に限らずなどゝて或は合衆國の政治に

對して信仰を薄くするの恐なきに非ざれば其れ等の豫防にも多少に力を用ゐざる可らず武

備文略共に多事なりと云ふ可し

左れば今回獨逸政府が「キユバ」嶋を占領するの一事我輩の空想を以てすれば唯他の妨を

爲して之を困却せしむるに止まり、人の不幸を釀さんとして自から徒勞するに似たれとも

内實或は然らざるものあり可し獨國の君相水魚相投し專制斷行の政略を逞うして其成跡盛

なりと雖とも國民中固より不平の徒も少なからず而して其政府の非を喝らして之を攻?す

るものは反對として英米民庶政治の美を説かざるものなし就中北米合衆國は獨逸人遁逃の

?窟にして年々歳々幾十萬の移住民が本國の敎育と資産とを携へて合衆國の繁榮を助くる

其?は獨逸の鮮血を注射して北米の生力を作るに異ならず移住民の數多ければ其本國への

交通も亦繁くして故舊親戚に通する一書一言皆米國の快樂を稱して本國の厭ふ可きを言は

ざるものなし此書を讀み此言を聞き獨逸の人心動くなからんとするも得べからず斯の如き

は則ち北米合衆國は兵を擧けて獨國を征伐せざれとも獨政府の苦痛は兵に窘めらるゝより

も尚甚だたしきものある可し「ビスマルク」公が「キユバ」占領の事を企てたるも由縁な

きに非ざるなり即ち君主政治と民庶政治と互に相敵對し他を攻めざれば自から守る可らず

獨逸の如きは將さに其守を失はんとするの扼に際し公の方寸攻るを以て守るの策に决した

るものならん成敗は我輩の豫言す可き限に非ず唯文明の多事にして立國の難きを知るのみ