「米國大統領の交代、日本貿易の變動」
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時事新報に掲載された「米國大統領の交代、日本貿易の變動」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
米國大統領の交代、日本貿易の變動
來年三月は米國大統領交代の期限にして四箇月以前に其人物を撰擧するは古來の慣例なれ
は國民は皆其事に意を注きて人心の騷々しきこと一方ならす其事情は我時事新報にも時々
報道せしことなるが本年四日はいよいよ其人の定まる日にして果して誰れならんと待ち設
けたるに共和黨の「クリヴランド」氏當撰の報知一昨夜本社に達して不取敢これを昨日の
雜報欄内に掲けたり就ては此政黨の模樣に付き看客諸君は疾くより了知せらるゝ所ならん
なれとも或は又茶話の序に世事不注意の輩へ説明の便にもと思ひ一と通り其大?を記さん
とす抑も北米合衆國は其政黨二派に分れ一を合衆黨と云ひ一を共和黨と云ふ双方の間に
少々つゝ主義の異なる所ありて大統領撰擧の時には各其黨衆の中より是れぞと云ふ人物を
推して候補と爲し以て全國人望の歸する所を試み互に競爭して自黨に勝利を占めんことを
勉るの風なり即ち今回合衆黨には「ブレーン」氏共和黨には「クリヴランド」氏を押立てゝ
共和の勢力や強かりけん右電報に云ふ通りの次第なり
扨此電報を事實に相違なきものと仮定して今回共和黨が勝利を占めて「クリヴランド」氏
が北米合衆國政府の首座に上るに定まりたりとして其國の政治に如何なる變動ある可きや
と尋るに本來右兩政黨の主義に異なる所を云へば近來は專ら殖産貿易に關する事柄のみ多
くして合衆黨は保護主義と申し自國の工業を盛ならしめんとて外國より輸入する製造品に
は大に關税を課し以て内國の製造に便利を與へんと云へば共和黨は之に反對し貿易商賣は
世界中を平均して兎角自由なる可し之を自由自在にして唯價の低きものを求るこそ理の當
然なれ殊更に輸入の製造品に重税を課して其價を貴からしめ之に由て自國の製造人を保護
せんとするは少數を助けんとて多數の人に財を失はしむるものなりとて双方共に何れも尤
至極なる申條なれば到底議論の片付く可きにも非ず互に爭ひ互に白眼合ふ其中に合衆黨は
彼の名に高き米國南北の戰爭以來毎に勝利を占めて大統領は幾代も其黨衆より出て凡そ二
十餘年の間は合衆黨の世の中なりし故に米國の貿易商賣は都て保護主義に從ひ例へば日本
より彼の國へ生糸を持込むときは海關無税にして織物なれば〓價六割の税を課せらる佛蘭
西より輸入するも伊太里より輸入するも同樣にして米國の織物〓は無税の生糸を以て反物
に織立て外國より輸入する六割税の織物と競爭する割合なれば保護の十分なるものと申す
可し獨り織物のみならず鐵物噐械類其外何に限らず一切の製作品は右同樣の精神にて保護
せざるはなく二十餘年來殆ど慣習の如くなりしものが今回共和黨が勝ち占めたる上は此保
護の事に付て多少に變動なきを得ず國中の製造家が俄に保護を失ふて狼狽することもあら
ん天産物を出して製作品を買入るゝの地方にては得意になりて悦ぶ者もあらん其一時の浮
沈成敗は隨分容易ならざることならん扨この變動に付き我日本國民も是れは米國内々の事
にして吾々の關する所に非ずと悠々たる可からざる其次第は差向き橫濱神戸等にて米國へ
輸出する生糸製茶雜貨の相塲に多少の變なきを得ず製茶雜貨等は如何なる可きや我輩の容
易に説を作す可きにあらざれとも生糸は必す相塲を落すことならん如何となれば佛蘭西よ
り輸入する織物に幾分か?税となれば米國織物屋は忽ち之と爭ふを得ずして閉塲するもの
もある可ければ日本にて米國向きの生糸は需要を?して其價は下落せざるを得ず左る代り
に佛の里昻の織物は俄に米國へ向て流入す可きが故に日本の生糸は佛蘭西向きに氣を持つ
ことならん我生糸製造元にて何れか是れまで佛蘭西向きにて何れか米國向きなるや其關係
の商人等は片時も由猶豫す可き塲合に非す商機一刻價千金とは正に今日唯今の事なり或は
云ふ「クリヴランド」氏が當撰とは尚甚だ疑ふ可きものありとは本日の雜報にも掲げたる
通りなれば我輩と雖とも未だ其如何を保證すること能はす捨取は當局者の方寸に任ぜんの
み