「全國の不景氣は人力を以て挽回し得べし」
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本文
全國の不景氣は人力を以て挽回し得べし
日本の住民三千七百萬人、口を開けば皆先づ不景氣を談せざるものなし不景氣とは何ぞや
富を致すの道閉塞するこれを不景氣と云ふなり人の世に在る富を致さゞるべからず富なけ
れば衣食住すること能はず衣食住せざれば生存すること能はざればなり人間の惡事貧乏よ
り大なるはなし貧乏は百惡の本源にして又其煽動者なりと云ふべきなり今や日本國民の安
寧幸福の責に任ずる者は不景氣を挽回し貧乏を驅逐するの道を求めて鋭意これを實行する
の事に從はざるべからずこれを爲すの法は不景氣の由て來る原因を審かにして先づこれを
除去し更に景氣挽回の策を勉めざるべからず
近年全國不景氣の其由て來る所の原因は何れに在るやこれを知ること甚だ肝要にして又甚
だ困難なり然るに不幸にして不景氣の時期甚だ長く何の原因ありて斯る災難を來たしたる
かは久しく世人の講究したる所にして今日に於ては輿論も既に其歸着する所を定めたるが
如し曰く今の不景氣は其源遠く不換紙幣の濫行に在りと不景氣の原因は必ずしも不換紙幣
の濫行に在りと不景氣の原因は必ずしも不換紙幣濫行の一事にのみ限るべからざるの事情
あるべしと雖とも兎に角に今の不景氣の責は概してこれを紙幣濫行の一事に歸するを以て
甚た適切なる判定なりと云はざるを得ず紙幣の發行未だ過當ならざるの時に當りては一圓
の正金と一圓の紙幣との間に價格の相違なく物價も亦其平準を得て變動なかりし然るに紙
幣漸く增加して漸く其購買力を失ひ發行總額進で一億五千萬圓に達するに及びて益其價格
を落し遂には一圓四五十錢乃至七八十錢を以て正金一圓に換ふるまでの極度に達したり是
に於てか物價の騰貴するは氣球の騰昇するが如く次第に昇て次第に高く此時世間何事を企
るも皆利益ならざるものなく今日百圓の資本を下せば明日は百五十圓と爲りて乎に返り去
年借りたる百圓の借財は米五十俵の價ありしもの今年は三十俵を賣りてこれを償ふに餘り
あり數頃の田地を持ち或は數庫の商品を貯へて昨日まで身の貧困を歎きし者も一朝忽ち其
資産膨張して萬戸侯に封せられたる心地せり事情既に斯の如し世間農工商業の別なく大好
景氣ならざらんと欲するも得べからざるなり此際に當り全國の理財は疾既に其骨體に入り
扁鵲の眼議なきも一見して其危篤の容態を察知すべき有樣となりたり是に於て我政府に於
ても紙幣発行収縮の議論漸く其勢力を得て漸くこれを事實に施し紙幣次第に?少して其價
次第に舊に復し民間の資産次第に収縮して商况次第に衰凋し今日紙幣の價格殆んど正金に
均しからんとするの時に至て全國の不景氣愈々其極度に達し目下吾人が日夜見聞する通り
實况と爲りたり曩きに日本の農工商業をして大好景氣の幻像を粧はしめたるものは紙幣の
濫發なり今や大不景氣の責苦を甞めしむるものは紙幣の?縮なり一張一縮徒らに社會の秩
序を破壞惑乱す不換紙幣の畏るべきは彼の爆發〓の比にあらざるなり
今や不換紙幣の流通頓に大に?縮し其價格も既に正金と肩を比せんとするの勢あり此上は
唯これを兌換紙幣と爲し正金と紙幣と其〓に一厘の差違なからしむるのみにして曩きの濫
發の罪を償ふに足るべきやと云はんに我輩は斷して尚ほ未だしと答へんのみ何となれば曩
きに不換紙幣の濫行のために此社會に現出存留する所の害惡は今日不換紙幣が單に其正當
の位に復したりとて之がために忽ち消滅すべきものにあらざればなり兌換紙幣の制は唯前
日不換紙幣の如き大害惡を爲さずと云ふに止まるのみにして紙幣が兌換の制に改まりたれ
ばとを曩きの害惡を償贖すべき程の臨時別段の手柄を立て得べきにあらざればなり不換紙
幣は毒水の如く兌換紙幣は清水の如し人に毒水を與へて其健康を害し漸く其非を悟りて俄
かに代ふるに清水を以てしたりとて清水は唯人身に害なきまでに止まるものにして消毒の
役目までも併せ務むるものにあらず毒を消し健康を復し一日も早く前日の罪を謝せんとす
るには別に解毒回春の藥劑を服用せしむるの勞と費用とを辞すべからず試に思へ我日本國
の健康は曩きに不換紙幣濫行のために數年の間其毒害を被り今や紙幣?縮して漸く舊時の
健全に復するの期に近つき後日の希望少なからずと雖とも初めより不換紙幣の濫行なかり
せば今月今日我日本國の健康は必ず現?に勝るものあるならん然るを現在の健康甚た十分
ならざるは其罪全く前日の不換紙幣に在りとせば今に及びて早く別段の手當を盡して元と
の健康に回らしめんとするは日本國民に對し道理上に於て勉めざるべからざる事柄ならず
や
扨日本全國の景氣を挽回して十全健康に立?らしめんとするには其方法必ずしも一二に限
らざるべし論者或は租税輕?を云ふ者もあらん然れとも我輩は此論に同意すること能はず
何となれば今の日本は東洋惰〓國の班を脱して西洋文明國の列に入らんとする者なり固陋
〓靡の運命を既定に〓へして旭日と其輝光を爭ひ縋て萬國に俯臨せんと期する者なり希望
大なれば其費用も亦大なるは當然の事にして非常の國運に際すれば必ず亦非常の費用を要
す如何ぞ今日至緊〓要の時期に際し妄りに國費を?省して退守の策を構すべけんや苟くも
國を憂るの心ある者は今の日本の國費は日に漸く增すことあるも决して?すべからざるの
事實あるを知らん一國存亡の關する所天下の大勢止むことを得ざればなり國費既に?少す
るの傾きなきときは仮令租税の組織を何樣に變草し地租を?して酒税を增し會社税を廢し
て家屋税を設くるとも夫は唯範圍内の小改革にして日本國民の總体上より論するときは决
して租税の負擔を輕?し得るの見込なきなり論者又或は興業銀行など稱する者を設け殖産
の爲めに低利貸付金の業を起さば一呵して日本國内の不景氣を挽回し商賣繁昌上下安全足
を跋てゝ待つべしと〓する者ありと雖とも本來銀行を設立して興業のために資本を貸すの
事は貸者と借者との關係直接にして其間に自から事情の入組たるものを生し易く殊に政府
が此銀行主從者の地位に立つが如きありては其弊最も甚だしく極度を慮るときは興業の便
利以て妨業の害惡を償ふに足らざることもあらん歟と恐るゝなり租税既に輕?すべからず
興業銀行亦大に恃むに足らず唯我輩が信して以て不景氣挽回策の最も安全にして最も有効
なりと爲す所のものは鉄道布設の事是なり鉄道の効能は第一これを布設するの際に其地方
の人に多量の仕事を與へ第二工事落成の後は山間僻陬の地方と雖とも直ちに國内第一の都
會と比隣の地となり隨て全世界の市塲と徃來聯絡の便を得て輸出の物産は其價を增し輸入
の品物は其價を?し富を致すの容易なること前日に幾倍するものあらん故に今日本國内西
は九州より東は北海道に至るまで各地一齊に鉄道工事を起し八十餘州鉄道の通過せざる地
方なきを期することあらんには其目前の効能並に永世不朽の効能ともに必ず吾人が想像に
も及ぶべからざる廣大無邊のものあらん而してこれを實施するに國内其資本に乏しくは外
國の資本を借り來るべし鉄道布設容易なるのみ