「新聞記者は政論の責を負擔す」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「新聞記者は政論の責を負擔す」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

新聞記者は政論の責を負擔す

今の不景氣は前以て吾人の豫想し得ざりし程のものにして全社會事々物々に其兆候を示

さゞるなし彼の﨑玉縣下暴動の如きも不景氣より生したる諸事物目?の中に算入して太過

なきものゝの如く然り世に梅毒患者あり病毒全身に偏ねくして或は肺を患ひ或は眼を煩ひ

或は「レウマチズム」に罹ることあらん肺病眼病直ちに梅毒に關係なきものゝ如くなれと

も篤と其原因を糺せば身内の梅毒發し肺病となり又眼病となるを發見すべし鼻の落るのみ

を見て梅毒と心得るは大なる間違なるべし今の日本の社會に暴動の病あるは是又不景氣を

〓梅毒の存在するが爲めなりと知らば先づ此病毒を除くの策を講せざるべからず而して我

輩の見る所を以てすれば病の原因の最も重もなるものは不換紙幣の濫行に在り故に不換紙

幣を兌換紙幣に改むるは先づ第一に着手すべき事なれとも唯不換紙幣を兌換紙幣の制に改

めたるのみにては未た以て病毒を除去するに足らず必ず〓〓〓〓け勞を費して適當の療治

藥用を爲さゞるべからず左らば其療治藥用は如何すべきやと云ふに其最も安全にして最も

有効なるものは銕道布設の右に出るものなからんとは我輩の既に論述したる所なり

然るに東京日々新聞は大に我輩の意見に反對の説を唱へ﨑玉縣の暴動は遠近權實〓々様々

の原因相集りて此果を來たしたる者なり决して不景氣が其重もなる原因と爲りたるにはあ

らず好し又暴動の重もなる原因は不景氣なりと定めんとならば宜しく先づ不景氣の由を來

る所を究めて後にこれを匡濟するの策を講せざるべからず然るに政論の責を負擔せず漫言

放談する時勢學者には妄に行ふべからざるの奇説を吐露して自から得たりとし外資を輸入

して全國に銕道を布設するを以て不景氣挽回の至策なりとする者あれとも銕道は决して永

遠に不景氣を恢復するの正道にあらず云々とて痛く暴動の原因、不景氣の原因、?に不景

氣挽回策を講するの論者を罵詈攻?したり左れとも此攻?や唯攻?のみにて他の餘音の在

る所を見ず我輩の所見を一口に申せば今の不景氣を挽回するの策は全國に銕道を敷くより

好きものはなかる可し之を敷くには資本を要するが故に國内の資本にて不足するならば外

資を輸入す可し、爰に大に資本を卸して大に工を起したらば其工事中にも人民は職業を得

て且成業の上は實に無限の便益を爲し全國殖産の推進器たる可しと云ふのみにして文明世

界に珍らしからぬ鐵道を以て國を利せんとするまでの論説たるに過きず然るを日々新聞が

之を奇説なりとして攻?したるは少しく奇なるが如くなれとも其奇は兎も角も仮に此攻?

を御尤千萬とするも該新聞が鐵道敷設を以て决して永遠に不景氣を恢復するの正道に非ず

と斷言したる限りは第一に其正道ならざる理由を述へ次に又不景氣恢復のためには箇樣な

る正道が御座ると明示するこそ記者たる者の責任を負擔する譯けには非ずや左はなくして

唯一方に他の所説を漫言放談として罵詈攻?するは我輩は寧ろ之を漫罵詈放攻?と云はん

と欲するものなり尚一言以て日々新聞に質さんとする所のものは

日々新聞は政論の責を負擔せず漫言放談する者と申されたるが其意義果して如何新聞記者

の如きは政論の責を負擔せざる者なりと云ふの意にてもあるか如何にも奇怪なる申條なり

試みに日々新聞の意を察するに現政府の當路者の外は政論の責に任せざる者なり新聞記者

の如きは其責なきが故に勝手次第の妄言を吐き實際行ふべからざる事を求めて人を窘むる

者なりと云ふにやあらん果して然らば我輩は今懇切に日々新聞に忠告し早く自から其誤謬

を合點せられんことを欲するなり「グラツドストン」氏は英國現政府の宰相なり氏が政論

は自から其責を負擔すべし「サリスベレー」卿は現政府反對黨の首領にして職を現政府に

奉せず然れとも卿が政論は卿自から其責を負擔すべし「タイムス」新聞は現政府の保證金

を頂戴せず又在野諸政黨に其愛憎を偏せず獨立獨行の一新聞なり然れとも「タイムス」が

政論は「タイムス」自から其責を負擔すべしこれを如何ぞ身宰相の位に立て後に初めて自

家政論の責に任すべしと云ふを得んや我時事新報は私立獨立の一小新聞なりと雖とも我紙

上に記載する政治論は我輩固より其責を負擔するなり、これを負擔せざらんと欲すと雖と

も負担せざるを得ざるなり、己れ自から行政官の職に在りて直接に政策の柄を撮る人にあ

らざれば政論の責を負擔する者にあらずとするは頗る誤謬陋隘の見たるを免かれざるべし

獨り政治論に於てのみ然るにあらず農業論にても商業論にても工業論にても航海論にても

鉄道論にても兵論にても一切萬論我輩自から我輩の論に對して其責を負擔せざるものなし

其身農夫にあらざれば農業論の責に任せず銕道會社社長にあらざれば銕道論の責に任する

ことなしと云ふは是れぞ眞の奇説なるべし己れの一言己れの一行己れ自から其責に任せず

とは我輩の未た甞て聞かざる所なり又己れ自から現政府の當路に立たざるの故を以て漫語

放言勝手次第の難問題を紙上に列記して人を困らするなりと云ふは新聞記者に甚た不似合

なる言葉なり新聞の實際を知る者ならんには决して斯る妄言を發せざるべし凡そ新聞記者

の事を論するや我身先づ其局に當りたる者と仮想し扨此塲合には如何に此事を處すべきか

を考へ充分其説を得たる後に初めてこれを世に公にして自から其責に任する者なり例へば

﨑玉縣の暴動に付てこれに應するの策を考るには日本橋頭の一寒新聞記者たるの資格を忘

れ仮りに其身を現任日本宰相の地位に置きて扨この事は如何すべきやと充分に論難考究し

彌よ其説を得るに至て初めてこれを滿天下の人に披露することなりこれを披露して自から

其責に任することなり兵を論し航海を論し銕道を論するも皆亦然り如何ぞ日々新聞が云ふ

如く我論の責を負擔せず漫言放談して自から樂しむことあらんや

餘談は姑くこれを舎き日々新聞の論する如く暴動の原因を究め、不景氣の原因を究め又不

景氣匡濟の策を講するは眞に目下の急務なり我輩は日々新聞の譴責をも顧みず既に此問題

に關する我輩の意見を吐露したり日々新聞にして若しこれに不同意ならば何ぞ自から其説

を吐て我輩に敎ることを爲さゞるや仮令其説は日々新聞の自から所謂政論の責を負擔せざ

る漫言放談にても苦しからずと雖とも萬一若し政論の責を負擔する當路者其人の説を代表

するものにてもあらんには更に妙ならんのみ