「埃及國の處分」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「埃及國の處分」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

埃及國の處分

左の一篇は十月十日倫敦發在英特別通信員より寄送し來りたるものなり

埃及國の處分                       豊浦生

英國政府がうるせえを將としてごるどん將軍救援の兵を出せしとの事は已に電信にて御承

知の事なるべし此うるせ江と云ふは彼の埃及のあらびい將軍追討の師に將としててれきい

ばるの勝利を得たる人にして先づ今日英國にては名將との評判なり併し其評の當否は俄に

保證し難しその故は英國今日の武器を以て野蠻半開の民を撃ち敗るは洵に容易なる事にし

て恰も大人の小兒と力を鬪はすに等しきものなれば唯此一事を以て直ちに名將との評は下

だし難からん歟夫れは兎もあれ一朝ごるどんが賊の爲めに殺されたりとか又勇猛に盡き果

て不得止賊に降りたりとかの變事ありては忽ち英國の人心沸騰して俄に自由黨の名望を損

すべき懼ありごるどん一人を救ふ爲めに巨萬の國財を費し數千の兵隊を出すは固より自由

黨員の甚だ好まざる所なれども是を救ひ出さゞれば忽ち黨派の一大事に關する事なれば其

平生の黨義は暫く是れを袖中に藏して何は兎もあれ先づごるどん將を救はざるを得ず其援

軍はないる河を溯てつるとうむに達するの策なるに此の上流には七箇所の急流ありて毎年

秋季河水の溢流する時は容易に是を溯ることを得れども水若し溢れざれば假令ひ小舟と雖

ども是を溯ること甚だ難し然るに今年は如何なる天公の見込なるや秋季に至るも充分河水

の溢流することなき此度は小蒸汽船を以て其援兵を送り出すの趣向なれば平年よりも一層

水流の多きを要することなるに斯く渇水にては或は其援兵も全く無〓に屬するの憂はなき

哉と人々〓〓〓〓〓〓ことなり併しながら〓の援兵として〓々多くの兵〓〓〓〓〓〓なが

らないる河の水〓溢れ〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓

〓〓〓を得ずんば鐵道を布くなり又駱駝隊を組むなりして其砂漠を渉り何とかしてごうど

ん將を救ひ出すには疑ひなし何にしろ其歓乎は赤裸〓〓砲の蠻民なれば戰に臨み文明の利

器を以て是を敗るは誠に容易の業なれども天然の敵には勝らざるものと視へ如何なる英人

もないる河水の溢れざると砂漠の廣きとには些と閉口の樣子なり

顧て埃及本土内政如何を視るに施政愈不取締にして財政益困難の塲合に立ち至りたり諸大

國の委員を倫敦に招集して埃及財政改革の會議を開きたるに其相談調はずして開散したる

後は如何の手段を以て此困難の塲合を通過するやらんと思ひ居たるに當國海軍卿のうすぶ

るうく卿を財政視察の爲め埃及に遣はしたり英國の海軍卿が埃及に行きたりとて僅か四五

十日の時日を以て其財政の模樣を知るべからざるは固よりなり一國の財政は政務中最も錯

雜したるものにて生涯其國に居て其事情を詳悉するものにても其國の經濟の關係を知るこ

と太だ難し况んや言語風俗宗敎政体等萬般の事情を異にする英國より來て俄に是を觀察せ

んとするも人勢の及ぶべき所にあらず宰相ぐらッどすとん氏は一世の大家なり此視察の無

益なることをしらざるにはあらざれども目下其財政困難の有樣を視察せんとするからには

何とか名目を付して内閣員位の瞭望の高き人を彼地に派遣し以て世間の目を眩まさゞるを

得ず斯くて海軍卿のうすぶるうく卿を埃及に遣はしたれども別に名案もなかりし事にや先

づ不取敢國債償却の元金を以て一時國用の途に充んと决定せり然るに此埃及の國債は尋常

の國債と全くその性質を異にして其取扱の權は一より十まで歐洲諸大國の配下に属するも

のなれば埃及政府の都合を以て勝手に其利子の仕拂を左右することを得ざる約束なり荷王

いそめえるの時代より其外外債年々增加して遂に國力不相應の高に嵩みその元金の償却は

勿論利子の仕拂にも差支に商人ならば分産と云ふ塲合に陷りたれば其債主即ち歐洲諸大國

協議の上關税又地租の全部を毎年外債償却金として積立て數十年の後に至て全く其外債を

皆濟すべしとの堅き約束を取結びたり即ち借金年賦なし崩しの法なり故に理屈を以て是を

推す時は如何なる事情あるも先づ債主の承諾を經ざればその約束に違背して公債償却金を

他に使用すべからざるは勿論の事なり固より埃及政府一個にては諸大國との約束に背く抔

の勇氣は毛頭なき事なれども是れは全く英國政府が埃及政府に向て斯くなすべしと命令を

下せしことなり愍むべし埃及の國政府英國の命令に從へば諸大國との約束を破らざるべか

らず是を破れば諸大國の爲めに惡まれ諸大國との約束を守んとすれば英國の爲にその獨立

を奪はるゝの懼あり前門の虎を追ふて後門に狼あるにはあらずして前後同時に虎と狼とを

引き受けたるものと云ふべし英兵の爲めに其邦土を蹂躪さるゝよりも寧ろ英國を後盾とな

し以て諸大國との約束を破るに若かずと評議一决扨こそ此度の如く國債償却元金を以て一

時國用の不足を補ふことに决したり然るに〓の如く佛日墺の如きは此處置を以て大に不當

となし英國政府に向て色々苦情を述べ立てたれども英國政府は是に〓て曰く右の處分は全

く埃及政府の意に出でたるものにて我英國政府の與り知らざる所なり然るに埃及國を以て

英國の〓地の如く〓しなし埃及政府の都合に〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓し此れと苦〓がまし

き事を我政府に申出てらる々は〓だ其意を得ざる次第なり埃及政府の爲す所全く英國政府

の命令に出でたるは誠に明白にして疑を容れざる所なれども其内幕は兎も角も表向は英政

府の返答如何にも尤の義なれば諸大國も不得止英國に對してその苦情を述ぶるを止め、さ

ればとて此度は直に其本家本元の埃及政府に向て苦情を述べ立てたり去れども埃及政府は

何程苦情を述べ立てらるゝも其實英國の指揮に從て萬事其處置を施すものなれば如何とも

詮方なく諸大國よりの苦情は是を顧みるに遑あらず又顧みることを得ざるものなれば英國

政府の命ずる所に從て依然國債償却金を以て常時の國費に使用せしかば諸大國は益其違約

無法なるを憤り佛日墺伊の四箇國が原告となり埃及政府の現内閣員を被告として其理非を

法理に訴るとの事なり其裁判官は果して何人なる哉又何れの裁判所に訴ふることなる哉未

だ詳細の報知なければ是を知るに由なしと雖ども兎に角埃及の内閣議員は甚だ迷惑の事ど

もなり勿論是を法理に訴へて其理非を斷定し埃及政府の敗訴となるも唯敗訴となりたる迄

の事にして執行の道なく如何とも詮方なかるべし現在國用不足して日常の施政にも差支る

ことなれば若し諸大國が各其權理のある所を固く執て動かず何樣の事情あるも公債償却金

を以て常時の國費に流用すべからずとする時は埃及政府は忽ち身代限をなすより外に手段

なかるべし一個人の身代限には自から其法もあり手續もありて事甚だ容易なれども一國の

身代限は古來未曾有の事なれば如何なる手續を以て其財産を債主に分つべき哉一國の財産

は其土地人民なり日佛以下の諸大國が各其貸金の高に應じて其土地と人民とを分取りすべ

き哉英吉利はあらびい追討後今日に至る迄殆ど二箇年間多分の金と人命とを損しながら諸

大國の其邦土を分取りするを袖手傍観すべき哉英國の陸軍は佛日の如く強大ならざれども

海軍の兵力は今尚天下に冠たり今の在朝黨は自由黨にして殺伐を好まざるも英國の人民亦

掌中の玉を失ふを好まず諸大國のなすに任じて是を傍觀するものにあらず必ず死力を盡し

て之に抗することなるべし去れば斯く諸大國が埃及政府を被告として其理非を法理に决せ

んと云ふも眞實之を法理に訴ふるにはあらずして唯其諸大國が各自の權理のある所を示し

て暗に英國の行爲を妨礙するに外ならず若しも今の在朝黨が守成黨ならんには埃及は已に

早く公然英屬となりたることならんと雖ども自由黨の主義として成る丈け外國の事には手

を出さゞる仕掛けなれば埃及に對するの政略も自から曖昧として敢爲直行の勢に乏しきが

故に自然諸大國の此際に乘じて其行爲を妨礙することなり今埃及人の身となりて是を考ふ

るに自由黨の爲めに斯く曖昧の處置を被るを以て利となすか伹は守成黨の爲めに公然英屬

とさるゝを以て便となすか其利其便容易に斷言すべからざるなり