「國民の私に軍費を醵集するの説」

last updated: 2021-12-25

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時事新報に掲載された「國民の私に軍費を醵集するの説」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

前號の紙上に於て國民の私に軍費を醵集するの要を論じ、其方法の三項中第一を記したれば、今こゝに其次に

及び、

第二、各地方の先導者が其人民に節儉の旨を勸るは甚だ切要なることなり。是れ亦百年の節儉に非ざれば、當

局者に於て之に堪ることも易く、且其行はるゝ所は大抵中等以上の社會なる可きが故に、道理に於ては苦痛と名

く可き事柄に非ず。如何となれば中等以上の輩に節儉を勸むればとて、飢るに非ず、渇するに非ず、其肉體の奉

養は十分にして、其以上に餘る不急の部分を暫時中止せんことを懇談するに過ぎざればなり。文明開化の進歩す

るに從て、人間の需要も亦次第に增殖して、肉體精神の快樂に奉ずる所のものを枚擧すれば、百般の物件、滿目

皆缺く可らざるが如くに見ゆれども、又一方より殺風景なる觀察を下だすときは、其物件中、十に八、九は唯富豪

を誇るの招牌外裝たるに過ぎず。富貴の人が馬車に乘り馬に騎して走るは、車馬の迅速なるを利するより、寧ろ

已が家に車馬あるを示すものなり。卽ち己が家産は以て車馬を所有するの金力あるを世間に知らしむるものなり。

如何となれば實際に馬車に乘て驅ける者が、其從者を人力車に載せて隨行せしめ、馬に騎する者は大抵二人引の

人力車に後るゝを常とす。車馬決して實用に非ざるなり。瑕令ひ或は實用ありとするも、其費を計算すれば節儉

の旨を去ること遠しと云はざるを得ず。或は婦女子が綺羅錦繡を飾りて宴會に花見に其美を盡す目的は、酒食に

も非ず、花にも非ず、花を見るよりも他の綺羅を子細に注目して已が綺羅に比較し、又他の比較に任じて美惡を

競ふものより外ならず。一夕の盛宴に一人前の料理十餘圓の中、客の口腹に入るものは十分の一に過ぎず。況や

其庭園の風致、座敷の裝飾、唯無益に金を費し、其無益いよいよ甚しければ以ていよいよ盛なりの評を呈して、

客も悦び主人も亦得々たるものゝ如し。此他上木建築の好事、書畫骨董の觀古、茶の湯會席の淸雅、踏舞夜會の

新奇、何れも皆法外千萬なる錢を費すことにして、其事の外面には樣々に有用の名もなきに非ざれども、實際は

唯錢を棄てゝ豪を誇るものを多しとす。尚其區域を廣くすれば、少年書生又は地方有志者の集會等に於ても、自

から惰弱驕奢に流れ、妓を擁して世事文事大語るなど云ふ支那の惡少年の風を學びて往々醜態を現はし、其醜の

最も甚しき者は錢を失ふことも亦最も多くして、天下漸く流風を成さんとする其流風は如何ともす可らざるも、

其錢は甚だ愛しむ可ければ、今度の事變に付て軍費の沙汰こそ幸なれ、機に乘じ先づ此類の冗費を省て方向を轉

ずれば得策なる可し。抑も我輩が此一編に於て都て文意の殺風景なるを憚らず、極端論と知りながら之を記した

るは、時勢の然らしむるものなり。卽ち我日本國が外戰にも及ばんとする極端の場合に迫りたるが故なりと雖ど

も、實際に於ては必ずしも劇しき手段を用るに及ばず、富貴の人に車馬を禁ずるに非ず、日本國中の婦人をして

悉皆綿服たらしめんと云ふにも非ず、酒宴も可なり、閑樂も妨なし、唯其際に先導者が常に心を用ひ、物に觸れ

事に當る其機會を失はずして、自然に節儉の旨を説き又其先例を示すを以て十分の效ある可しと信ず。二樣の品

を所有し、其一品にて實用に充つ可きならば、其一を廢す可し。差向不用なる別莊あり。常に乘らざる車馬あり。

或は既有の物を廢せざるも將さに求めんと欲するものを思ひ止まるも可なり。去年より心に計畫したる普請も先

づ見合せ、今年新に作らんと思ひし一揃の衣裳も先づ上着だけにて間を合せ、冠婚葬祭都て内場にして、温泉湯

治の保養、伊勢參宮、京都見物も先づ來年に延ばさんなどの氣風を養ふて、一時の流行を成すときは、全國民の

生計に餘ます所の財は實に意外にして、想像にも及ばざる程のものならん。或は又小民には最早この上に節儉の

法なしと云ふも、日に一毛を省くときは月に三厘と爲り、一年は則ち三錢六厘、三年にして十錢を得べし。我輩

の所望は一個人に重からずして天下公衆に廣からんことを欲するものなり。

軍費醵集法の第三課は財物を集る者なり。國民既に勞役して節儉を勤め、私の軍費を出だすに堪るときは、實

に之を集るの方法なかる可らず。印ち集財課の負担なり。前節にも云へるに如く、我輩の所望は此事を天下に廣く

して國民に普ねからしめ、細々集めて大に至らしめんと欲するものなれば、各地方の有志者が之を企るにも、其

組織を狹小にして各處隨意に法を設け、勉めて公然たる規律樣の體裁を避ること緊要なりとす。如何となれば素

と此事たるや官の法に依るに非ずして人民相互の情を以て成るものなるが故に、組織廣大にして儀式體裁の盛な

るが如き風にては情を害するの恐あればなり。故に各地の一村一町一部落内にて申合せするもあらん、或は同職

同業の者が互に相談するもあらん、一省一局の官員、同族同爵の華族、同宗旨の講中、同商賣の町人等、何かの

緣故を便りとして同盟を催ふし、婦人は婦人同士、老人は老人仲間、不沙汰見舞の序でにも、長日茶話の會席に

も此事を持出して相談を調へ、其席にて囊中の錢を出すも可なり、又は日に月に掛金するも可なり、又は錢に差

支る者は品物にても苦しからず、一枚の小袖、一本の銀釵、農家にては米なり麥なり他の産物なり、之を集むる

の法は佛法の信者が寺に財物を納るが如き慣行に依賴して最も便利なる可し。

扨各地方の小部分にて細々の財物を醵集したる上は、之を集めて又これを合せ、例へば一村一町より一郷一郡

一區に集め、又一國一縣に合し、其用法は政府の軍機を待ち、果して入用の時に至れば擧げて之を政府の手に渡

す可し。若し或は幸にして今囘の談判が首尾能く調停し、兵力の沙汰に及ばずして我々國民の報國心を滿足せし

むる程の結果を得たることなれば、此醵金は全く不用に屬し、政府に於ても固より之を要せざるが故に、其時に

は大に集りたるものを細々に碎て本に返す歟、或は之を全國有用の工事に用る歟、又は陸海軍備擴張の資本に用

る歟、其時の事情便宜に從て晩からざることなれば、今より國民の私に醵金するは、過慮にも非ず又大早計にも

非ざるなり。                                   〔十二月三十一日〕