「談判は有形の實物を以て結了すること緊要なり」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「談判は有形の實物を以て結了すること緊要なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

談判は有形の實物を以て結了すること緊要なり

人間の交際は虚實相半し實相虚霧に蔽はれて世に誤認さるゝこと少なからず小人時として

廉名を博し怯者僥倖の勇名を得、謹愼なるもの怯懦と誤まられて正直なるもの愚鈍と認め

らるゝ等は即ち其一例にして人物の實の世に知らるゝこと難事なるを見る可し又國の交際

に至りては虚實相半するのみならず單に虚のみの行はるゝことなきに非ず特に未開の國民

は事物の推究法を知らずして動もすれば輕信偏見の風を成すが故に是を〓するに虚を以て

すること甚た容易なると同時に彼れも亦虚のみに依頼して他の實を斷するを常とす、輕々

信する者は輕々猜疑し、他の虚に欺かるゝ者は他の實を誤る、人心自然の働なれば又怪む

に足らず故に斯る未開の人民に接して慥に之を制御せんとするには實際の事を形に現はし

先つ其耳目を制して〓に其心を御す可きなり

右の事理は明々白々なるものなれば我輩は今回の朝鮮事件に就き此事理に默らして豫め世

人の注意を乞ふものあるなり今度京城事變に關して我國より支韓に對するの談判は正に如

何に落着すべき歟今日に於て天下之を知るものなかる可しと雖とも假りに此談判をして口

舌の掛合に止まらしめ先つ以て我方に滿足を得て道理を解する人の目を以て視れば相應の

落着なりと云ふ可き程に至りても朝鮮國中未開の部分は口舌上の曲直、談判上の勝敗等は

耳にも掛けず唯事の形に現はれて己れの耳目に觸れたるものを證として之に自家輕信輕疑

の見解を下し和するを以て屈すると爲し談判の謂ふを見て口を鉗せられたるものと誤り只

管支那を尊敬して日本を輕侮するなきを期す可らず抑も十二月四日以後日本兵は大闕を護

衛したれとも六日の夜其護衛を解て公使舘に歸り翌七日京城を去て仁川に引揚けたるは支

那朝鮮と戰て敗走したるには非ず唯彼等の無法なる襲撃に對し正當の防禦を爲して我人數

を全うしたるまでのことなれとも朝鮮人は無論支那人の目に之を見ても日本の兵は支那朝

鮮の兵に逐はれ之に敵對すること能はずして走りたりと云ふことならん隨て其心中竊に輕

侮の情なきを得ず心既に之を輕侮すれば爾後彼等の眼に映し耳に觸れたる所にて日本人の

一擧一動皆臆病ならざるはなし仁川への引揚けを以て敗走とするのみならず支韓の暴兵が

公使舘を燒き兵營を燒き物を盗み日本人を殺傷したるも唯日本兵の羸弱なるが故に然るも

のなりと輕信して疑はざることならん故に今回の談判は假令ひ萬國公法上に於て至當の結

局に至り我日本國が世界中上流の部分に對して耻かしからぬ面目を得るにもせよ其面目の

證據物が明に支那朝鮮人の耳目に觸れて其心に銘する程のものに非ざれば今後彼等との交

際に於て限なき不都合を見ることならん例へば朝鮮人は從來京城駐在の日本兵と支那兵と

を比較し日兵は常に能く軍律を守りて擧動嚴正なれとも支兵は之に反して紀律明ならず動

もすれば市中に横行して財物を掠め婦女子を辱かしむる等粗暴の所業多くして大に人望を

失ひ朝鮮人は竊に之を目して胡軍と稱し日兵をば王者の師など云ふて尊敬したるものも今

日と爲りては其嚴正は怯懦と認められて粗暴は却て勇武なりと稱せらるゝことならん日本

兵が三年以來京城に居て至極靜なりしは其軍律の正しきがために非ず傍に虎視する中華の

兵威に恐縮して敢て其暴を逞うするを得ざりし臆病者なりとて昔日の尊敬に引替へ今はこ

れを輕侮して止まざることならん

又六日以來我兵は支那兵に襲はれ朝鮮人に撃たれたるときに正當の防禦を爲すが爲めに多

少に砲發して敵兵を殺したるのみならず仁川に引上る途中を遮りて瓦石を投したる乱民を

傷けたることもあらん然るに今日と爲り朝鮮人の考には正當防禦の何事たるを辨へず唯其

人民の殺傷せられたるを怨て日本人は乱暴なりと云ふことならん加之當時三四日の間に京

城の市民は兵乱のために容易ならざる損害を被りて彼等の見る所にて只管其罪を日本に歸

し日本人は正に致害者の地位に立て之を辨明する甚た難きことならん

右の如く我日本人は彼等のために怯懦にして而かも乱暴なりとの妄評を受け當時の惡皆日

本人に歸するの有樣に陥りたるは我輩の遺憾に堪へざる所なり畢竟我日本人が不幸にも京

城を引去るの手順となりしを以て輕信偏見の最も盛なる未開國民をして斯る妄評を我國人

の上に加ふるに至らしめたるものなれば今其妄を拂て眞の在る所を現はし曩に蔽はれたる

虚霧を開て實相を仰かしめんとするには有形の處分を斷行して彼れの耳目を感〓せしむる

こと最も緊要なりとす故に今度我國より支韓双方に對する談判に於ては尋常一樣の名譽及

び金財の要求に止まらず別に大に形に現はれて流石に未開國民の耳目にも明々白々更に疑

を容る可らざる程の事跡を示さゞる可らず其方法一ならずと雖とも過日我紙上にも論した

る通り支那兵をして一時に京城を去らしむるが如きは其手段ならん元來獨立國の領地に謂

れもなく他國の兵を置くが如きは公法の許さゞる所にして殊に今回の變乱は支那兵に原因

するものなれば其撤去を促かすは固より我要求中の一箇條たる可しと雖とも等しく之を要

求するにも之を急にして一日も速に朝鮮人の虚霧を掃ひ我日本國の本色を明に彼れの眼中

に映せんこと我輩の最も冀望する所なり