「國交際に外陪臣あるの筈なし」
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本文
國交際に外陪臣あるの筈なし
今回日支韓の事變は在朝鮮京城の支那兵實にその主動者たり我日本國の權利と利益とに損
害を加へたるも亦實に此の支那兵の所爲なり故に此損害の恢復を圖るべき第一着の手段と
しては在朝鮮の支那兵に悉く引拂ひを命じ其寸兵なりとも韓地に留めしめざるべきこと緊
要大切の次第にして若し萬一にも支那兵が尚ほ朝鮮に駐在すること徃日の如くならんには
縱ひ今度の談判に支韓交々叩頭拜伏してその罪を謝し我償金の要求に應ずるありとも我に
於て唯夫れのみにては毫も損害の恢復を獲る能はざる誠に明々白々の道理と申すべし何と
なれば眞の損害の主動者をその儘に指置て徒に謝罪するともこれは被害者に取りて果して
損害の恢復を受けたる者に非ざればなり
此所論は我輩が今回の事變を知悉すると直ぐに本紙上に開陳して諸君の高評を仰ふぎたる
者なるがこゝに我日本國の蒙むりたる權利利益の損害をば暫く我胸中より驅り去り眼前に
は何たる事變も無き今日只今なりと仮定して偖然る上にて全体支那國が兵師を朝鮮に駐在
し置くは果して國交際上にあられ得べきの順序なりや如何んと尋ぬるに我輩に於ては支那
が兵師を朝鮮に駐在し置くは獨りその理由の無きのみならず日本を始め諸外國に向て實に
無禮無作法の次第なりと云はざるを得ざるなり我日本國は朝鮮を認て獨立國となし其君主
を尊んで大朝鮮國王陛下と奉號しその政府を重んじて尊嚴なる韓廷と稱し對立同等大日本
國が大朝鮮國に向てはこれを遇するに最惠國を以てし我が天皇陛下と朝鮮國王との間には
御批の條約を交換し兩國民與にその下に立て親睦友愛の交際を爲すことは滿世界の國と人
と皆な正しく認視し居る所にして支那政府に於ても决して知らざるの理は有る可らず左れ
ば在朝鮮の日本人は公にして我公使を始めとし私にして商民に至るまでもその國王陛下に
對し奉りては〓して外臣と稱しその内國臣民同樣に謹んで朝鮮國王の神聖と威嚴とを擁衛
したるは我日本人が文明なる國交際の大法を守りたるの美行にして遖れ人に愧つる無きの
禮ならん又この交際法は獨り大日本國大朝鮮國の間のみに限りたることには非ずして大貌
列頓あり北亞米利加合衆國あり獨逸聯邦あり露帝國あり佛蘭西共和國ありその他伊太利に
墺地利に孰れも大朝鮮國に對することは猶ほ大日本國に對するが如くにし既に同等の修好
通商條約を交換したるもあり又交換しつゝある者もありて朝鮮が實に世界の一獨立國なる
は誰も言はずと皆な人の知る所なりとす然るに爰に怪むべきは彼の支那國がその兵師を獨
立なる此朝鮮國に派駐せしめ朝鮮の内訌を鎭むると托言して京城内の各所に屯在し朝鮮政
府の内治外交に立入りて文に武に彼れ此れと世話を燒くが上にその大臣に向ては事大の義
理を述べて時に脅迫を行ひ獨立國の政府に對して得も言はれす振舞の多きは毎度我輩の聞
込みたる所なるが取分け今回の内亂の際には國王陛下の勅命にて入衛したる我辨理公使に
までも敵對し發砲し在朝鮮の大日本使臣をして是非なく仁川まで立退かしめ剰さへ我公使
舘に火し我人民をも屠殺して朝鮮の國王陛下を擁しその大臣を頤使し尊厳なる韓廷を蹂躙
して頻に號令を振ひ其國王をして支那に對して臣たらしめ敢て少しも憚る所無きは正に今
日の有樣なりとす左れば此の状態にては朝鮮國は支那の藩屬にして神聖威嚴の國王陛下も
支那に對しては臣なりと云はさる可らず而してこの出來事を働くの主動者は誰なりや問は
ずして在朝鮮の支那兵なるを知るべし
そも在朝鮮の支那兵が我日本の權利、利益に損害を與へたることは今は少しも言ふに及ば
すたゞ支那人が右の如く朝鮮の國王を臣とし遇するの振舞あるに於ては其國王は最早神聖
威嚴を有する無く支那皇帝に對しては唯一の臣民なるが故に大日本國の辨理公使將た商民
に至るまで凡そ交際上に朝鮮國王陛下に對し奉りて外臣たる者は支那國に對しては數の順
序として實に外陪臣たらざるを得ざる筈ならずや然れ共我れより言へば支那も朝鮮も與に
同等の與國にして大日本國が大清國に對するは尚ほ大英王國その他獨立の各國に對する如
く毫も我尊厳を下すべきの道理は無きに獨り在朝鮮支那兵の振舞ひにて我日本國民をして
或は外陪臣たる劣等の位置に立たしむることともならば獨立なる日本國と尊嚴なる日本帝
國政府の体面とに大損害を與ふる亦た言語の外なるべし然して今日在朝鮮の支那兵果して
他を外陪臣同樣にするの實は無きや如何ん大に我輩の關心して已まさる所なり且つ支那兵
が他を外陪臣にするの振舞は獨り一國には止まる可らず英に佛に露に米に大朝鮮を友愛し
同等視する所の邦國の臣民は皆な其外陪臣となるを免れざるべし左りとは又不條理不都合
の極にして國交際法を辨へざるの愚は寧ろ恕すべしとするも他を外陪臣にするの一段斷し
て黙許には〓し去る可きに非ざるを信ず
左れば支那兵が朝鮮に駐まること多く一日なれば是れ一日外國の臣民を外陪臣にするの事
端を開き多く一月なれは是れ一月外國の臣民を外陪臣にして到底その自悔のあるべき譯な
らねば苟も對等尊嚴なる國交際の法を重んじて兼て朝鮮國の獨立をも全うせんが爲めには
决して支那兵を京城に留め置く可らず速にその指揮官輩に通告して早く引拂ひて爲さしめ
若しも遲々するに於ては我よりこの乱兵を捕て押へ國交際の尊嚴をも辨へずして獨立の諸
邦國人を外陪臣とせんとする者共を韓地に徘徊せしめざるの取計ひをなすは國の威嚴と名
譽とを保護するの權利にして同時に諸友誼國特には朝鮮國に對するの義務なりとして我輩
は疑ふ所あらざるなり