「支那の暴兵は片時も朝鮮の地に留む可らず」
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時事新報に掲載された「支那の暴兵は片時も朝鮮の地に留む可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
井上特派全權大使が朝鮮京城に於て談判の終局は果して如何なりしや唯樣々の風説のみに
して未た確なるものを知るに由なしと雖ども詰り韓廷に向ては左まで巖しき咎めもなく唯
其群民の暴動に際して政府の力よく之を制止するを得ざりしは政府の不行屆なりとて其罪
を謝せしめ其謝罪の證として僅に若干の償金を取り又其外に公使館並に兵營を再建する費
用をして其實費の金額を拂はしめたりとのことは我輩の聞得たる所にて多分相違もなき事
實ならんと信ず此傳聞果して僅ならば我輩は之に滿足せざるを得ずと申すは我紙上にも毎
度論陳する如く今回の事變に就き其實働者敎唆者を求れば悉皆在京城の支那兵にして朝鮮
人は直接に支那人に脅迫せられ又間接に煽動せられて狂愚を働きたる者に過ぎず故に人情
一偏より論すれば彼等は唯憐む可し惡む可らずとも云ふ可き程のものなれども國と國との
交際に於ては又左樣にも參らず自から万國の公法なるものもあることなれば我大使は情を
忍て法を明にし謝罪の證たる僅々の償金と公館兵營の建造費とを拂はしめたることならん
斯の如くすれば我日本國が朝鮮國に對する交際公法の理も明にして我國の威巌を覇せず且
は朝鮮の群民等をして日本國に害を加るも無uなり仮令ひ汝等が人に敎唆せられ又脅迫せ
られて日本の公館兵營を燒くが如き擧動をするも詰る處は汝等の國費を以て之を償ふこと
なれば日本國の害にはならずして汝等の負擔と爲り自から勞して自費の乱暴を働きたるに
過きず左りとは〓〓ならずや、返す返すも之に懲りて以後愼めよと利害の在る所を明に合
點せしむるの方便たる可きが故に我輩の〓見にて今度大使が朝鮮國に對するの處分に於て
は毫も〓然する所なきものなり
尚其上にも我日本國が朝鮮に對して交誼の厚き證を見んとならば前年大院君の乱に五十萬
圓の償金を要したるものを去年の〓に至りて其四十萬圓を返却したり朝鮮の政府人民共に
〓も我日本國に敬意あらんには日本政府に於て謂れもなく之に若干の金を遡上するが如き
〓〓なる處置を施すものあらんや左れば去年我政府より償金返却の一事は朝鮮人が日本へ
對して信を盡し我れも亦其信を信したるの證にして精~に於ては兩國の交際去年と今年と
相異ならず唯去年の十二月六日は圖らずも支那兵の暴動よりして其氣焔朝鮮人に及び支那
兵の實働に和して京城の市民又は雜兵共が一時の狂愚を呈し之れがために大に譴責を蒙り
たることなれども日本政府は人の愚を咎むること酷ならず公法の公中自から情を酌量して
今度の結局に至りたるは日韓の交際素より厚くして双方人民の幸ｂﾆ云ふ可きものなり
日韓の交際は斯の如くにして日支の交際は如何す可きや我輩の論鋒は專ら此一點に向ふも
のなり彼の變乱に支那人の脅迫煽動に依て朝鮮人も狂愚を働きたりとの事實は明白なれど
も今こゝに一歩も二歩も讓りて朝鮮人の狂愚は支那人に迫られたるにも非ず煽立られたる
にも非ず全く自發の狂愚にして自から狂ひたるものなりとし朝鮮人の働と支那人の働とを
別のものとして仮に之を許すも在京城支那の陸軍將官が兵卒を引率して在京城日本の陸軍
兵を襲ひ漫に砲發したる其始末は何とするや、彼の陸軍兵並に臨時兵（在京城の支那商人
等にして一時支那將官の命令に從て働きたる者）が兵法にも軍律にも頓着せずして日本の
兵隊に向ふよりも寧ろ京城の各處に住居する日本人民の家を犯して物を盗み人を殺し火を
放ち小兒を苦しめ婦人を辱かしめたる其始末は何とするや、一事の變乱騒動は既に通り過
ぎたる太平無事の日に當り南陽に於て支那の海軍兵が日本國の吉松某に對して海賊の所業
を働きたる其始末は何とするや、是等は全く朝鮮人に縁なく支那と日本と直達の關係にし
て支那人獨發の乱暴狼藉なり其責に任する者は支那政府に非ずして誰ぞや抑も我兵隊が京
城に駐在するは大院君の乱の後に或は朝鮮暴徒の再犯もあらんかとの掛念より由來したる
ものにして去年來我政府は朝鮮を信すること漸く厚くして既に償金をも返却するまでに至
りたれども尚駐在兵を引かざりしは萬々一の用心に備へたるものなり〓〔草冠＋最・サイ〕
爾たる朝鮮の亂民に備るにも尚且斯の如し然るに今や此亂民は扨置き支那帝國の政府より
幾千の陸軍兵を派遣して京城に屯集せしめ其兵士の擧動は亂暴狼藉正々堂々の戰爭に從事
するよりも却て白晝に強盗を働き夜陰に人の家を犯す者にして在朝鮮の日本人民は財産生
命を保するの道なし支那の兵士幾千名と云へば日本の人民は取りも直さず幾千名の盗賊又
發狂人に取圍まれて片時も安心するを得ざるものなり此一段に至ては我輩に於て國の榮辱
など云ふ議論は姑く之を議論するに遑あらず何は扨置き我國民の生命と財産とを保護する
こそ急要なれ左れば今これを保護するの法を案するに朝鮮に在る日本人は早々家産を取片
付け此盗賊狂人を避けて安全なる故郷に歸らん歟、左りとは餘り臆病なるが如し然らば則
ち我れより進て此盗賊狂人を其巣窟より驅りて之を放逐せん歟、我輩は此放逐の策に賛成
する者なり今度井上大使が京城を去るに臨み近藤書記官を代理公使に命したりとのことな
れば公使館護衛の兵員をも從前に倍して在京城の我官民を護るに餘ある程に用意したるな
らんとは思へども是れとても實は唯支那兵に備るのみにして若しも斯る暴兵さへ在らざれ
ば全く無用の事なり我々日本人は既に暴兵のために大損害不敬を被り尚今日は其暴兵の暴
擧に備るに忙はし、實以て心外の至り申す可き次第なり〓ては今より後我政府は何れ支那
政府に對して巖重なる談判を開き必ず滿足を得べきは疑もなき所なれども其談判中にも朝
鮮駐在の支那兵をば片時も其地に留めざるやう臨時の紹會を爲し聽かざれば我れより進て
斷然たる處分あらんこと冀望に堪へず市に狂犬あるも尚且これを逐ふて之を殺す况や滿城
幾千の狂兵正に咆哮せり之を逐はざる可らざるなり