「日本を知らざるの罪なり」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「日本を知らざるの罪なり」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本を知らざるの罪なり

國交際の事は虚實相半するものなりと云ふと雖とも是れは唯外交官の方寸に存する働きにして時に虚を搆へて實を掩ひ自家の利害を保護することもある可し誠に驚くに足らず又咎るにも足らざることなれとも爰に外交の要として最も缺く可らざる所のものは敵國にても友國にても先方の實を明にするの一事なり苟も其實を知らざるときは敵す可らざるものに敵し、友とす可らざるものに交はり、其果は意外千萬なる變に逢ひ謂れもなきことに友國の親みを失ふて殊更に敵國を造り出すの不幸に陥ることあり本來事の間違ひの上に跨りて交際を遂けんとするものなれば間違ひより間違ひに移りて際限ある可らず國交際の最も拙なるものと云ふ可し此事情は年來日支韓三國の交際上に現はれて常に三國の不幸を致すものなれば我輩は今其事情の最も著しきものを説いて當局者の迷夢を拂ひ以て三國の幸福を全うせんことを謀る者なり抑も我日本國が朝鮮國と交を開きたるは今の文明世界に咫尺の隣國、之と通信し之と貿易して共に文明の徳澤を被らんとするものより外ならず昔年兵馬侵略の時代ならば或は八道を蹂躙して版圖と拓くの考もある可し又我國力よく此事を成すに足る可きは我れも信し人も許す所なりと雖とも策の此に出らざるは文明親〓の利益は兵馬戰勝の愉快よりも大なるを知ればなり是即ち日本國が最初より大朝鮮國の獨立を認めて對等の條約を結びたる由縁なり既に之を獨立觀し對等觀するからには我政府は無論人民一般誰れ一人として朝鮮に對して政治上に異志を挾さむ者あることなし是亦世界中に明白なる事實なり然るに朝鮮人は其開國以來も兎角固陋の風を脱する能はずして新に交はる日本人の擧動を悦はず甚しきは〓乎たる豐太閤の昔を思ひ出して日本を怨むなど迂濶至極の人情にして遂に明治十五年の夏大院君の乱なるものを引起して日本人に寇したることあり是れも不幸とは申しながら開國匆々に左まで驚く可きことに非ずとて日本國にては尚寛大の旨を忘れず平穏に事を處せんとする其最中に支那より軍艦兵士を朝鮮に派出して大院君を執へて歸り尚其後も朝鮮京城に大兵を駐在せしむる等何か大に備る所のものあるが如し元來この乱は朝鮮の群民雑兵共が大院君の教唆に乗して韓廷の戚臣を倒し其幸便に日本公使をも犯したることにして日本政府は朝鮮政府を責めて至當の賠償を爲さしめ尚其民情を察すれば或は再犯も計り難きが故に公使舘自衛のために少數の兵を公舘の傍に置きたるまでなるに支那政府が差したる要用もなくして態と兵を備るとは不審に堪えざる次第なり朝鮮人が支那人に向て寇したることもなく又寇す可き樣子も見えず自衛の兵など要せざるは誠に明白なる勢にも拘はらず大に兵力に心配するは我輩の推察を以てすれば是れは支那人が兵威を以て朝鮮の内政に手を出し又一には暗々裡に日本の兵に備るの深意なりと斷定せざるを得ず是即ち間違ひの發端にして支那人が一度び此間違ひの上に跨りて其心の迷を拂ふこと能はざる其間は間違ひより間違ひを生して遂に際限ある可らず左ればにや大院君の乱後支那人は朝鮮の内治に干渉すること甚しく韓廷に支那の官吏を派出し、雇ひの人物を紹介し、兵士を支那風に訓練する等樣々の手段を施して陰に其朝野の間に威服を行ひ純然たる属邦の實を養成せんとして勉るものゝ如し其擧動の怪しむ可きは我輩の久しく注目する所にして我日本國は公平無私に認め獨立視する其一王國を支那は全体何ものなれば無遠慮にも之を己が屬邦など唱ふるやと我輩の心中竊に不平なきを得ず尚其上にも最も不平と申すは支那人が斯く兵を備へ又内治に干渉するに付き常に口實とする所は朝鮮の國運の爲を謀りて日本は誠に恐る可し、日本人の野心狼貪飽くを知らず、朝鮮を亡ぼすものは夫れ日本ならん、然りと雖とも幸にして汝朝鮮の宗國には中華の在るあり中華の土地人口日本に十倍して富源兵士亦これに十倍す中華の富強を以て日本に臨むは千鈞を以て一卵を壓するが如し汝朝鮮の臣子これを安んぜよ云々とて一は徳を施し一は威を示して朝鮮人を籠絡するの策を運らすは一朝一夕の事に非ず是れは我輩が風説の傳聞など申す漠然たるものに非ず現に清廷の大臣より朝鮮に贈りたる〓もあり又在朝鮮の支那人等は朝夕口外する所にして决して珍話にも非ず又秘密にも非ざるなり依て竊に案するに支那人が斯くも朝鮮の事を心配して日本の事までも夫れ是れと評論し野心狼貪など云ふは唯朝鮮人の好意を買はんとするために殊更に虚を搆へて漫語するものかと思へども又一歩を退けて再思すれば支那人は實に日本國人の心術を疑ひ日本人は眞實に遠略を事として理非の辨別もなく其氣向き次第にて今日にも鶏林の八道を蹂躙して滿州を席巻し北京をも覆へすことあらんと怯心暗鬼を生する者には非ずやと疑はざるを得ず去りとては支那人は他國に交際するに其先方の事實を知らざるものなり今の我日本人は唯兵を是れ嗜しむ者に非ず、無名の戰を戰ふ者に非ず、事なければ斷して戰はず、名と理とあれば則ち大に戰ふ者なり、故に支那人の爲に謀るに若しも日本人が遠略に志すことあらんかと恐るゝならば速に在朝鮮の支那兵隊を引揚け速に朝鮮内治の干渉を思止まるに若かず日本人の今日沈着して動かざるは朝鮮人を憚るがために非ず、支那兵を恐るゝがために非ず、別に所見あるものなり、我日本は尚武の國なり先方より所望とあれば敢て辭せず唯今にも御相手罷成る可きなれとも輕擧は武人の本色に非ず名義と道理は日本武士の最も重んずる所にして名理の範圍内には處女の如くなるも他より來て此範圍を破る者あれば我れ亦これを脱して脱兎の如くなる可し八道の蹂躙滿州の席巻も其無きを期す可らさるなり此れを是れ知らずして支那が兵力を装ひ朝鮮の保護を名として陰に日本に備へ徹頭徹尾其非を遂けんとするが如きは暗鬼を變して實の鬼たらしむるものに異ならず支那のためを謀りて不利の大なるものならずや試に思へ今の佛清の葛藤は何に原因したるものなるや唯安南の属邦論より外ならず安南は支那の手を引て佛蘭西に奪はるゝの恐あるも日本は朝鮮を奪ふ者に非ず尚何ものに苦勞して朝鮮屬邦の虚名に戀々するや我輩の解する能はざる所のものなり畢竟支那人が日本の實情を知らざるの罪にして日支韓三國の交際を擾乱するものと云はざるを得ず故に支那政府にして若しも東洋の平静を重んずるの念あらば今度朝鮮の變乱に就き我れに謝す可き罪を謝して同時に京城の兵を引揚るは彼れ自家の得策ならんと信ず斯くありてこそ我輩も始めて流石に大國なりの評を呈せんと欲する者なり