「未だ安心す可からす」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「未だ安心す可からす」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

未だ安心す可からす

去年十二月六日京城屯在の支那兵が我日本公使の〓〓なる主〓を伐してより以來第一には支那と日本との間に横はる大事件を生して此事件は未た何樣に落着するとも見込みも付かず目下正に日支両國間の案件として其〓に存在〓第二には朝鮮と日本との間に横はる大事件を坐して此事件は過般井上全權大使が京城にて取結びたる日韓の新條約に〓り今は全く落着して日韓両國の間は〓〓〓〓の天地に復したるなり然れとも我輩爰に朝鮮政府の爲に謀りて聊か掛念する所なきにあらずと云ふは朝鮮政府は果して此新条約を履行し得て日本に〓し再び罪を謝せざるべからざるが如きの塲合なきを期し得べきや如何の一事なり先つ日本との和約も〓みて目出度目出度と悦び居る其矢先きに向て斯る愁歎話しを始むるは朝鮮政府に對して聊か無情殘忍の嫌なきにあらずと雖とも實際の事を實際の通り毫も伏〓なく忠告するが我々日本人の日本人たる所なるが故に些細なる儀式に拘泥せず一二我輩の思ふ所を吐露して其注意を促すべし若し其耳に苦味多くば是れ其言の忠なる證據なりと思ひて静かに咀〓あらんことを希望するなり

今回の日韓新條約中其第一條に朝鮮國は國書を日本に送りて謝意を表すべしとあり一价の使臣に一封の書を附し日本の〓〓に〓つしむるには何も格別の處作なきやうなれとも朝鮮政府の身に取りては决して然らず好しや此事に付支那官吏の故障を免かれ得たりとするも使臣を東京へ派遣するには若干の費用を要す而して今の朝鮮政府は必ず此費用の出處に當惑するならん去る七日仁川發の電報に依れば此程より追々延引したる謝罪使は彌よ小菅丸にて同日同港を發したりとあり纔か一价の使節なれともこれを派遣するが爲めには朝鮮政府の會計事務上に容易ならざる影響を及ぼしたることならん謝罪使派遣は先つ首尾よく仕遂けたりとするも新條約の第二條にある日本國の遭害者の遺族并に負傷者の賑恤金及び掠奪毀損したる物品の償金として十一万圓を出す事と同第四條にある日本公使舘新築費として二万圓を出す事とは財政困難の今の朝鮮政府の身に最も困却なる義務なりと云はざるを得ず合計總額十三万圓支拂ひの期限は締約の日より三箇月を超ゆべからず即ち來る四月八日以前に完納すべきものなるが故に今正に金員調達の才覺最中ならんと察せらるゝなり先年の例に倣ひ支那政府の筋より今回又二三十萬の金を貸與し呉るゝこともあらば誠に仕合至極なるべけれとも若し其事なきに於ては約束の通り償金を完納するは盖し朝鮮政府の費力外の事ならん果して此塲合に臨まば同政府は何の策を以て違約の罪に陥ることを免かれんとするか我輩の最も關心する所なり又新條約第三條に二十日間を限り磯林大尉を殺害したる兇徒を捕へて嚴刑に處すべしとあり而して其日限は去月三十日を以て早く既に滿期と爲りたるものなるが朝鮮政府は果して能く此日限内に於て約を踐み得たるや否や甚た氣遣はし今回の變乱に殺害せられたる日本人は大尉の外に尚ほ四十名もあり其當坐ならばまだしもの事既に三四十日も過去りたる後より遡りて三四十日以前滿城紛乱の際の罪人を捜索するは一々其見分けに苦しむ事ならん是れぞ大尉に害を加へたる兇悪人ならんとて捕へて吟味すれば豈に圖らんや此者は日本公使舘に火を放ちたる者にて大尉に刀を加へたる者にあらすと云ふもあれば又此者は〓人某を殺し又其妻を殺したる者なれとも大尉の殺害には關係なしと云ふもあらん斯る者には用なしとて直ちに放免せんとすれば其〓〓餘に重大にしてこれを許さず左ればとて此等の者を嚴刑に處するも未た條約面の義務を一毫だも輕くするに足らず止むを得ず〓首にて責を御さんとすれば忽ち日本代理公使の炯眼に看破せられて失策の上は塗りをするの恐あらん日限は迫る罪人は出てず日本政府への申譯は立たず進退維谷の地位に立つ樣の事もあるならん斯の如く朝鮮政府の内情を推察すれば新條約の履行上歩々着々困難の前に横はるを見るなり若し朝鮮政府にして勇なく智なく遂に此困難に打勝つこと能はざるときは日本に向ひ更に又違約の罪を謝せざるべからず違約の責を負はざるべからず如何に寛大の日本なりとて永久紙上の謝罪償金のみにて滿足すべきにあらず必ずや正銘の條約履行を見て初めて安心することなるべければ違約の罪を謝するの日は必ず實功を擧けて遅延の罪を詫るの時と覺悟せざるべからず此事甚た困難ならん今の朝鮮政府は果して能く此難局に處するの實力あるや否や