「英國は永久支那を庇蔭するものに非ず」
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時事新報に掲載された「英國は永久支那を庇蔭するものに非ず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
英國は永久支那を庇蔭するものに非ず
佛清事件起りし以來佛國が支那に對するの擧動は寛猛時に殊なりと雖とも客歳八月鶏籠を攻撃し尋て福州の砲撃にて支那軍艦を打沈め船政局を韲粉し〓江を下りながら金屏〓安等の砲臺を破壊し程なく又鶏籠を占領し淡水の攻撃も數回に及び近報に據れば其艦隊の一部分は呉淞江口に出現し尋て石浦碇泊の支那艦を追躡して南下の途に就きたりと云ひ又東京地方にては昨年以來〓回となく進撃を試み近頃遂に郎松を攻陥したりと云ふが如き其攻撃侵暴の勢は惡少年が擧を振て乳臭虚弱の成童を打擲するが如く毫も假借する所なきものと云ふ可し然るに彼の英國は佛清事件の當初より支那に向て暗に好意を呈するものゝ如く戰端の未だ開けざる其中には佛國が幾度となく拒絶するにも拘はらず屡々仲裁の勞を執らんとし又福州砲撃の際も英國の公論は大に佛國の殘〓なるを咎め客歳の秋金屏砲臺より英艦ゼフィル號を砲撃して其艦体を傷け剰さへ其乗組仕官等を〓傷したる折などには世人も英政府が此過失に附け込んで大〓〓を申出すならんと思ひの外、敢て〓談の沙汰もなく〓〓〓〓償の事さへも今日迄は之を不問に附し去れ〓〓〓〓に至りては香港太守に訓令して外國就役條例第十條を實施せしめ香港より新嘉坡等英領諸港の中立を布告したるが勿論この中立布告は支那の爲めに實施したる譯にもあるまじとは思はるれとも事の成跡より見るときは此度の戰爭にては支那は主にして佛國は客なるが故に英國の中立は佛國に對して其兵器軍需等の供給を妨くることと爲り支那の軍政上に取りて多少の利益を加ふることならん是等の事例に由りて察するに英國の東洋政略は幾分か佛國の毒手を製して支那の爲めに庇蔭するの意味あるが故に世上動もすれば説を作りて英國は商賣の國柄にして東洋に望む所も亦唯商利の一方に在れば佛清事件の片付くまで支那を庇蔭するは勿論後來永く其呵護を爲して各國の侵略を防くことならんなど云ふものあらんと雖とも我輩の所見は之れに反し今日英國が支那を庇蔭するが如き樣子あるは佛國が會釋もなく之を打擲し居るを以て一方には之を〓視するの傍に支那に對しても幾分かの憐憫を催したるが爲めにして永く此情態を持續するものには非ず左れば今後佛國との事件も纏まり斯くて支那帝國を見廻して英國の眼に利益の取るに足る可きものを映することあらば曩きには手を援て之を危急に救ひたるに引き替へ今は之を刧かして其嚢〓を奪ひ之を擠して又隨て石を下すことなしとも云ふ可らず是等の事態は浮世の人情に於て往々其例を見る所にして彼の人情談師三遊亭圓朝の近作鏡ケ池操松影の講談筆記中にも此情態を穿ちたる一段あり因て其一節を左に抜載すれば
深川清住町の川岸で夜の九時頃に二人の小僧が爭闘をして居ましたが一人は商人の小僧と見まして十五六にて色白く竹のふしの若衆髪風呂敷包を背負まして下り雪駄をはいて居ましたが敵手の小僧は職人体で目倉縞の洗ひさらした股引腹掛に印半纏を裏返しに着て素足に藁草履を穿き十六七にて毛毬栗頭見かけが惡々しき小僧で無益らぬ事を言合、果は掴合になりましたが職人の小僧は力がありますから擧をかためてポカポカ打り此方の小僧も一生懸命挑み爭ふ其所へ通りかゝりました男子は黒の羽織に小脇差山岡頭巾で面を隠し川風を厭ひながら板塀ぎわへ付て参りましたが見るに見かねて中間に割り入り男「コレ放せ放さねへかコーレと職人の小僧を突退け惡い奴だ弱者窘めをしやアがると聽さんぞと商人の小僧と一處に逃げ出し升て大橋の袂まで來ましたがかの小僧は涙だと鼻汁を擧でふきながら小「旦那樣有難うございますいつでも通る度に彼奴に窘められます男「コレ貴樣は彼な小僧に負るとは弱い奴だナ小「ナニ双方の手を出シア負ヤア仕ませんけれど片方の手で風呂敷を押へているから、かなやアしねへや男「ナゼ兩手を出さねエのだ小「ダッテ此風呂敷の中にヤア佐賀町から御拂を取て來た六十両這入ているから遺落とすといけないからデス手さへ離せば如彼奴に負けやア仕ませんや男「ナニ此背負ている風呂敷の中にアノ六十両の金があるか小「ヘイ男「アノ六十両フーントため息をつきながら小僧の後方より手を伸て包を探れば小「アラ何を爲るんですねエ男「ナニ眞實にあるかと言ひばがら探りて試ますとズッシリとした手當りににきびの出る程此金が欲しく成りましたから往來絶しを幸と小僧の背負ました風呂敷包を奪取りますと小僧がアレーと叫立てますから男は面倒だと彼小僧の襟髪と帯を掴み大橋の上より大川へドブーンと抛込まして六十両の包を引抱一目散に濱町川岸の方へバラバラバラと逃げ出しました（下略）
右は尋常の世話講談にして格別新奇の趣向にも非ず世間の實際に於ても亦往々其例を見る所なるが今や眼界を濶くして之を國交際の情態に徴するに彼の佛清事件とて支那と佛國と爭闘を爲す其有樣は商人の小僧が職人体の惡少年と掴み合ひ少年の力優りて小僧の頭を打擲するものゝ如く然るに彼の英國が暗に支那を庇蔭するは恰かも此爭闘の塲所へ通り掛り普通の人情弱を助けて其危急を救ふものゝ如し然りと雖とも英國が支那の危急を救ひたりとて是れは唯今日の情實より出つるものなれば决して之に依頼す可らず今後一日支那に取る可きの利益を探り得ること彼の小僧の背負ひたる六十金の如きものあらんには其猿手を差し伸ばして之を奪取するを辭せざる可し而して其之を辭せざるものは獨り英國のみならず露西亞日耳曼等を始めとして滿世界滔々皆な是なるが故に今後佛清事件完結するの日も東洋諸國は復た枕を高うして臥することを得ず目下國交際の轉變は朝佛暮鬼も啻ならず今日我に徳するもの明日我に仇せざるを期す可らず前狼後虎轉た相迫る支那帝國の運命を見るに就きても我國にては早く〓戸綢繆の策を施し自から警戒する所なかる可らずと信するなり