「外交事情報道の必要」
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時事新報に掲載された「外交事情報道の必要」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
外交事情報道の必要
國交際の實際に於いて道理と云えるものは左まで肝要なることに非ずと雖も名義上に於いては甚だ大切なるものなり故に古今の暴君と稱するものにても他國に對して戰を開かんとするに當いては先ず種々の口實を設けて無名の師を起こす名を免れんとせざるものなし歐洲中世戰國の世に王位相續の爭奪より毎度大戰爭を惹き起こし其實際は強勝弱敗なれども戰の最初に當りては双方其名正事順を主張せざることなく又一千六七百年代に西班牙人が亞米利加土人を征服する折にも殖民當局の臣從する義務あるを示したるが如き孰れも其一例として見る可きなり特に近世の國交際は其實強勝弱敗なるにも拘わらず道理を以て其交際を〓せざれば事の現われて滔々たる世界の凡眼に映するに當りて大に其〓斥する所と爲らざるを得ず即ち道理の名義上に大切なる所以にして今の國交際に於いては勉めて之れを利用せざる可からざるなり
今の國交際に於いて道理と云えること果して大切なりとすれば其國交際に關する事毎に我は道理を被る覺悟なかる可からず斯かる覺悟にて我の道理あるを示さんとせば先ず之を示し置くこと肝要なり先入爲主と云い來口〓金と云うは誠に不妄の言にして來口の評判は〓く人間の思想を動かし之を動かして其一方に〓かしむれば其後百口を以てするも之を〓むること甚だ難し況んや之を矯め直して反對の一方に傾かしむるに於いてをや人力のほとんど能くす可からざる所なり左れば外交上の事は先ず道理を我に取り之を取りて先ず之を人に示し之を示して我の所爲のげ誠に道理ある所以を其人心に先入せしむること肝要ならんのみ
以上の事理果して是ならば我輩窃に希望するものあり抑も〓〓の朝鮮事變は實に東洋國交際上の大事件にして事變の當初より本年に掛け遣韓特派全權大使の出張ありて朝鮮との談判條約は間もなく落着するに及んで又今回の支那談判を惹き起し伊藤遣清特命全權大使は去月廿八日を以て支那へ向け横濱を解〓したり斯くて今日に至る迄の片信隻報は定めて天下の耳目を驚かしたるならんと雖も我日本には歐字新聞の少きが爲めか歐米の諸新聞紙が右事變談判の事柄を報道する其報道は日本方の手に出づるもの少くして支那方の通信に根〓するもの多きが如し即ち今回の朝鮮事變に就き歐米諸新聞の紙上には長崎若くは横濱發の電報郵信を掲ぐること少くして上海香港等の新聞を〓〓記述すること多きが故に其記事多くは支那方に利し易く縱令い支那流の妄誕を其儘に〓すことなしとするも妄報誕信は之を喩えば葱韮の如く如何に之を調烹するも到底其臭氣を脱する能はざるが故に歐米の新聞記者は支那流の報道なりとて自から折衷斟酌する所あるも支那流の手に成りたる報知は矢張り支那流の臭氣を帯びて結局の正理は支那方にて之を専有する利あるを免れず歐洲の新聞紙中彼の京城事變を以て日本の教唆に成りたるかの如くに記したるものありしも亦先ず支那流の通信を信じたるに由るならん斯く支那流の通信を信じたる處に延引ながら日本方の確報を報じたりとを先入爲主の喩にて中々前説を一抹し去ること能わず結局歐米人の目には支那方の直影のみを映して日本方を曲とする傾きなきを得ざる可し故に東洋事ありて其中に我日本の關係することもあらば敢て非を理に〓け曲を直と矯むるには及ばざれども有りの儘の事實を先ず有りの儘に報道して身に覺えなき濡衣を被らざる覺悟なかる可からず事の實際を天下に表白するを延引して日本國の榮譽上に幾分かの損害を被るごときは其損害は官となく民となく日本國中平等に分〓せざる可からざるが故に先ず東洋の事變を報道して曲を我日本に被らしめざる〓は官民公私を論ぜず日本國人等しく皆な之を執らざる可からず日本國人にして苟も歌文を解し又之を使用する力あるものは其〓勞を厭うことなく種々の方便を求めて我の道理の〓われざる先きに之を歐米人に報道せざる可からず〓〓より本年に掛けては東洋より歐米に報ず可きこと甚だ多し特に朝鮮事變より此度の支那談判を惹き起したる次第及び此談判の成行落着等に就いては最も先ず之を歌〓人に〓報する〓を失う可からずと信ずるなり