「佛國未來の成算果して如何」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「佛國未來の成算果して如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

佛清相戰ふ勝敗の數前知す可きなり斯くて佛軍果して勝たん歟、勝軍の勢に乘して土地な

り償金なり隨意氣儘に清廷聚來することならん而して其要求は如何なる〓〓割合に從ふ可

き歟佛國は蓋し千八百七十年の役に兵力に於ては佛、普に負け理財に於ては佛、普に〓を

たるの經驗を想ひ起して大に商量する所あることなる可し今其故如何と云ふに普國は佛國

より十億弗の償金を取り其中三千萬弗は之を非常準備中に繰り込み一億三千二百萬弗は該

役負傷者の扶助料に供し一億弗は砲臺建築及び其他の兵傭に費すことに决したりしが斯か

る巨額の金高は一時に費用することを得ざるが故に之を普國宰相の監守に歸して漸次に注

出することと定めたりしに右負傷者扶助料、砲臺建築費等都合二億三千二百萬弗の金額は

其後四五年間に漸く民間に流溢し千八百七十六年に至りて其殘額を調査せしに負傷者扶助

料一億三千二百萬弗の内四千二百二十五萬弗は日耳曼鉄道株券と爲りて殘り砲臺建築費等

の一億弗の内二千五百四十萬弗は日耳曼鉄道株券、五百七十萬弗は四分半利付のばわりや

公債、四百六十萬弗は五分利付の米國公債、十万弗は英國公債證書、四百四十萬弗は五分

利付の露國公債證書にて殘り其殘額の總高は八千二百四十五万弗にして其餘の一億四千九

百五十五万弗は差し當り日耳曼國中に流溢し然も其消費方は砲臺建築と云ひ負傷者の扶助

と云ひ皆な不生産の事業に係りしかば物價騰貴して商業紛乱するのみならずげた普政府一

時に巨額の金額を握りたるが故に之を以て公債證書を買ひ入れんとすれば爲めに其騰貴を

促し既に買ひ入れたる公債證書を賣り出さんとすれば爲めに其下落を談し進退賣買の際殆

んど困じ果てたることあり後の理財家之を評して普國其償金を取るに當りて唯其軍費を埋

むる丈けを正金にて受取り其他は之を佛國の公債として漸次に其膏血を吸ひ取らば普國も

其市塲を紊さず且つ佛國をして敗後の激動、其財産の攝B力を奬勵せしむることもなかり

しならんと論じたり佛國にては既往十五年前に斯かる經驗ありたれば今後支那の和を乞ふ

に當りても漫に巨額の償金を申出し普國の覆轍にも懲りずして支那の正銀を自國内に引き

込み凱歌捷奏の聲未た止まざるに早く已に其理財社會を紊乱し正金過食の應報、自から其

國の胃病を促すが如きことはなかる可し然らば則ち佛國は一時に其償金を取ることを斷念

し唯其軍費を埋むる丈けを正金にて受取り其他は支那の公債として年々其元利償却を望み

何年目に何億萬兩を返濟せしむることと爲さん歟甚だ便宜なるに似たれども一方より熟考

すれば支那帝國の運命は朝にして夕を測らず春〓殘燈何の時に消滅するやも知る可らず特

に支那人は破約を愧ちず往々其舌を二三することは道光咸豐其例に乏しからず左れば佛國

にして其破約に〓け込み糠を舐て米に及ばんとするの〓意ならばいざ知らず支那をして承

た其約を蹈ましめ期限通りに其償金を佛國に對するの公債を仕拂はしめんとするは蓋し望

んで得べからざることならん佛國其償金を正金のみにて取らず又之を公費に變して年賦に

て取ることをも爲せずとすれば當さに如何か之を處すべき我輩を以て之を見るに佛国は支

那に向て先つ土地の割讓を要求し其土地を改良する程の償金を所望することならんかと思

はる、其次第は目下支那の領地たる到る處人口稠密ならざるなく山村僻落も尚鶏鳴狗吠の

相續くありと雖ども鉄道未だ通せず電線亦稀疎にして文明の利器未だ地に布かさるの有樣

なれば佛人割て之を取るも之を其儘に棄て置くを得ず其中に幾多の改良大工事を施して始

めて東洋の佛領殖民地と爲るものなれば理財に長じたる佛國の官民は早く此に着眼し正金

を自國に入れて其市塲を紊すことなく又之を公債に變じて支那人の爲めに其返濟の約を誤

まらるゝこともなく支那の土地を割き支那の資本を以て之を改良し其改良したる儘の土地

を取て之を大佛蘭西共和國の版圖に編入するの得策に出つることならんか佛國未來の成算

は果して如何、事未來に属すと雖ども右は孰れも東西歐亞の國勢理財上に大關係大影響を

與ふ可きものなれば我輩一片の管見臆測し去ること此の如し(畢)