「 朝鮮變亂の禍源 」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「 朝鮮變亂の禍源 」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

 朝鮮變亂の禍源 

國あれば人あり人あれば其國の獨立を欲せざるものなし人類の習慣各國開闢の初より殆と人の性を成して復た變ず可らず左れば國民獨立の精神は必ずしも之を教るに及ばず其自然に放頓して自然に働く可きに似たれども其國の事情に由り或は一人若しくは數人の利害のために全國獨立の大義を餘處にするものなきに非ず歎きても尚餘りある次第なれども其人の有様に從て一身の利害を威すること非常に劇しきときは他を顧るに遑あらず終に其習慣性質をも矯めて大なる不義を行ふに至る者ならんのみ蓋し人の一身に就て利害の最も劇しきものを尋れば僥倖の得失より大なるはなし元來人の幸不幸は其人の才不才に準して差違なかる可き筈なるに世運の廻はり合せに因て才徳必ずしも幸福を得るの方便たらざるのみか時としては不才不徳にして大幸福に逢ふ者あり之を人間の僥倖と云ふ此僥倖は動もすれば政治社會に往來するものにして殊に東洋諸國專制政府の下には最も甚しく何かの手掛りにて一寸政府に權力を得るときは其權力が更に叉進て他の權力を占るの媒介と爲り最初は唯馬に跨りたるものが馬より船に乘り船より檣に登り檣より輕氣球に移り長風に駕して空中を馳せ下界を臨み觀て眼中都て物なし、揚々自得して他に爭ふ者どものなきの勢なれども退て其人の裏面に廻はりて實際の能力如何を吟味すれば驚くに堪たるもの多し僅に騎馬一=あるのみの人物にして曾て船に乘りたることもなく况して輕氣球の如き之を見たることさへなけれども唯一旦の機に授し勢より勢に乘して九天の青雲に=々たるものに過きざるなり斯る青雲の人物にして自ら其地位を守るの一念は何程に深切なる可きやと尋すれば身外の萬物之に易ふ可きものなしと答へて可らん終には人類の性に具へたる獨立の大義をも犠牲にして國權を辱かしめらるゝも之を忍び、獨立國の榮名を汚かすも之に堪え、堪忍に堪忍して一日の安寧を求め國家姑息の安寧と共に自家僥倖の安寧榮華を與にせんと欲して一國永遠の大計を誤りたるの事例は古今に珍しからず蓋し才徳の實力を以て得たる幸福は之を失ふも再び回復すること易しと雖ども偶然の僥倖は之を再すること甚た難し當局者に於ても自から心に之を悟り千載の一遇は唯一遇にして再遇なきを知るが故に之を守るの念深きも亦謂れなきに非ざるなり之を喩へば商賣の働もなき守錢奴が不圖投機を試みて勝利を得たるものに異ならず其勝利こそ千載の僥倖なれば本人に於ても僥倖の再期す可らざるを知りて更に投機を試みさるのみか尋常の商賣をも危険なりとして手を引き唯一向一心に謹愼して既に得たる財産を保護するのみにして曾て世の譏譽を顧みず如何なる不外聞をも堪忍して守錢の主義を改めざるの例は世上に往々聞見する所なり畢竟此守錢翁が商賣上の才能あれば斯く迄に頑固なる可き筈なしと雖ども僥倖の再す可らざるを知るが故に然るのみ左れば人事の活潑開進を妨るの原因一にして足らずと雖ども不才無能の人をして僥倖を得せしむるは其原因中の最も大なるものにして之を評して其人の僥倖、社會の不幸と云はざるを得ず近く朝鮮國の近况を以て之を例せんに彼の事大黨の一類が明治十五年大院君の乱に奇計を運らして支那人と諜し合ひ詒て君を支那の地に幽閉してより以後は朝鮮爲中国の屬邦の名義を改めて實勢と爲し益中國を恐れ益中國を尊崇して際限あることなきは世人の知る所ならん抑も一國の臣民として其國の獨立を欲するは前記の如く人類の天性至情にして彼の朝鮮の事大黨とて等しく是れ横目の民なれば獨立の愉快なるを知らざるの理なし、大國大なりと雖ども之に事ふるは心の欲する所に非ざるや明白なりと雖ども尚忍て事大の耻辱に堪ゆるは何ぞや唯この輩が僥倖に得たる地位を失はんことを恐るゝが故のみ朝鮮の政府素より專制にして其政府に地位を得るは必ずしも其人の才徳如何に由るに非ず或は偶然として貴顯の人に引かれ或は幸にして國王に知られ王妃に寵せらるゝ等のことあれば則ち官途に地位を成す而して此地位の貴重なる其人の爲には唯これあるのみにして所謂千載一遇これを失ふて再び得べからざるものなれば之を守るがためには何事をか忍はざらんや友朋を陷れ親戚を害するが如き尋常の事にして終には自國獨立の大義をも忘却し隣國に事へて尚これに甘んずるの極點に達したるものなり殊に閔氏の如きは唯外戚の餘光を藉りて一門擧げて貴顯榮華の地位を專にし身に一=なきも其姓=なれば則ち富貴これに從ふ、朝鮮國政治社會の僥倖は獨り閔家の一族に集りて他の顯官と稱する者も唯閔族の驥尾に就て勢力を保つのみ斯る事の形勢なれば閔氏のために謀るに國家一日の安寧より貴重なるものある可らず内治外交に論なく聊かにても政事上に變動あれば其動力は必ず多少に閔氏に波及せざるを得ず而して氏の一類の人物如何を問へば才なく叉能なし無才無能の人が政府重要の地位に居て政治の波動に逢ふ、即ち其人の僥倖を動搖せしむるものなれば其感覺の顯敏なる固より怪しむに足らざるなり盖し閔氏が大院君を攝政の位より排して自から權を專にしたるは既に十年に近しそ其間に黨類を團結して各家門の基礎を固くし一類恰も政府の中に籠城して威福を行ひ顧て政治上の成跡を見れば内治の改良を謀らざるは勿論、近年外交の次第に繁多に赴き動もすれば其國に文明侵入の兆を現はして自家々運のためには至極の惡兆なるが故に百方手を盡して其侵入を防かんとするの際に偶ま非文明主義とも名つく可き支那人に逢ふたることなれば、一も二もなく之に依頼して百事舊套のまゝに國家の安寧を保續し自家一日の僥倖榮華を偸まんとして國辱を忍び國權を忘れ終に獨立有志者の憤激を致して去年十二月の變乱にも及びたることなり今にしてこの變乱の事情を聞き其記事を見れば甚た入組たるが如くなれども片言以て之を斷するときは朝鮮政府の舊慣不才無能の人をして政治上に僥倖の地位を得せしむるもの其禍源たりと云はざるを得ざるなり