「佛國内閣の更迭」
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時事新報に掲載された「佛國内閣の更迭」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
佛國内閣の更迭
今回佛國内閣の更迭は一大事件なり其歐洲政治上の形勢に何樣の影響を及ぼすべきやに姑くこれを云はず我東洋極東部の政治上の形成に向ても兔に角一大影響を及ぼすべきものに相違なかるべし抑もふゑりー宰相の内閣は一昨年來安南東京の遠征に從事して頗る國内の人望を博したるを以て昨年六月の如きは僞筆の條約書なりとか眞物なりとか殆ど兒戲一般の爭論を開戰の根據として直ちに支那侵攻の軍を起し海陸の軍勢不充分ながらも陸軍は東京地方に連戰して連勝し海軍は轉して支那本部の沿海を擾乱し福州に臺灣に寧波に來往小破壞に從事する折柄在東京の陸軍諒山に大敗し大將も創を被りたりと聞えたる故かふゑりー宰相は急に四千萬圓の軍費と五萬の出兵とを議院に要求したるに忽ち其拒絶する所と爲り今は是非なく其職を退きたるを以て扨ては内閣の更迭することと爲りたり然るに大統は新内閣を組織するの命をふれしねい氏に下したりとの報知あると同時に議院は八千或は一萬の兵を即刻東京に派遣せしめ軍費四千萬圓の内先つ千萬圓を支出し一層手強き遠征略に從事することに決したりとの報知あり昨日は軍費の支出を拒み今日は自からこれを出さんと云ふさへ奇怪なるに未た何人が果して宰相と爲り海陸軍卿と爲るやも明白ならざる前に現の内閣の遠征略は不承知なり未來の内閣の遠征略には同意なりと云ふが如き其意實に解すべからず追て又第三の報知に依ればふれしねい氏は議院に多數を占むべき見込なきを以て新内閣を組織することを辭したりと云へり然らば則ち次の佛國内閣の性質は何樣のものと爲るべきや又其内閣は支那に對して平和の攻略を執るべきや或は現内閣よりも一層手強き進取英斷の攻略に出つべきや其如何未た俄かに今日に判知すべからざるなり
世間一種の論者は今回ふゑりー内閣の覆りしを見て少しも浮動の色を示さずして云ふ從來佛國内閣の支那に對する手段は遅緩因循を極めたるを以て頗る佛國の民心を失ひ遂に今回の更迭を招きたり故に新内閣其職に就きたる上は必ず從前の因循手段を改めて活溌迅速に支那處分を了るべく支那海陸佛軍の擧動は是れより必ず一層猛烈のものと爲るべしなどゝて自から慰むる者なきにもあらざるなり此説の當否固よりこれを今日に判知すべからず或は大に中たることなしとも斷言し難しと雖ともこは頗る奇偏に過きたる臆斷説にして容易に同意すべからず先つ尋常の考なれば今回内閣更迭の結果は寧ろ此説に云ふものゝの反對に出るならんと豫期する方大差なきに近からんか何となれば今日まで佛國人民一般並に佛國議院が其政府の處置を非難することあれば衆口一言無用の戰爭に人命軍資を消費し何の得る所もなし有用の兵士を東洋痺烟の地に棄てゝ本國の護衞を顧みざるは其意を得すと云ふに在るのみにして一人も未た兵を足し食を足し今より數層の力を込めて支那帝國を懲罰すべしと勸告したる者あることなく遂には當局の陸軍卿かんぺのん氏まで支那攻略政策に異存を唱へ斷然冠を掛けて野に退きたる程なればなり斯る時に際
しフヱリー内閣が軍費及び出兵を要求して失敗を取りたるを見て次の内閣は佛國人の意を承けて漸く支那より手を引くならんとは思はずして却て前内閣に優る軍備を要求し大に支那に當たるならんと斷定するが如きは餘り臆測に過きたるものと評せざるを得ず然りと雖とも現に佛國の議院に於ては八千萬の兵を出さんと云ひ千萬圓の軍費を給せんと云ふ由の報道ある折柄なれば或は遂に其言の事實に行はるゝ時なき必すべからず若し果して佛國新政府が自今一層攻戰主義に傾くとせば支那帝國の大事件たるは勿論實に東洋の大事件たるなり併しながら佛人も外交には拔け目なき人々なるが故に戰爭と聲言して竊かに和議を營み虚勢を以て前を衝き實利を以て後を救ひ早く事の落着を見んとする樣の工風なきを期すべからず若し佛國政府にして果して其内心に平和を希望し何とか佛國の面目を餘りに傷けざる樣の手段を以て或は恐嚇し或は説諭し遂に支那と相和するの策に出ることあらんか支那政府の鼻高きこと百丈忽ち世界萬國を輕侮して物の屑ともせず彼の中國之屬邦論の如きも獨りこれを東隣の朝鮮に試むるのみならず東夷南蠻北狄西戎一として中國之屬邦ならざるはなしなど云ふやうなる餘程調子外れの了見を起すべきやも知るべからず勿論斯る妄想は永く持續すべきにあらず數月或は數年にして必ず是非を悟り大に後悔することあるべと雖とも數年の後の後悔は今日の用を爲さず今日直ちに支那の無禮を受くべき者は實に迷惑千萬なることなるべし故に我輩は曰く今回佛國の内閣更迭の結果にして佛清戰爭に一層の氣勢を添ゆることと爲らんか固より東洋の大事件なり若し又或いは平和無事に落着する
こと爲らんか矢張り東洋の大事件たることを免かれざるべしと
並に 別字 機種異存につき出力できず