「電信條例」
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時事新報に掲載された「電信條例」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
電信條例
我日本政府は昨七日を以て兼て噂の高かりし電信條例及び電信取扱規則を發布し來る七月
一日より施行する旨を公告したり我輩これを一讀するに新條例及び取扱規則には大抵今日
に現存する諸規則を網羅しあるのみならず或は〓除したるもあり或は添加したるもありて
頗る工風の行屆きたる所あるを見出すなり然れとも此の條例規則を實施して國民の被るべ
き便益上より云へば現在未來を比較して現在の方寧ろ便利なりとすべき事項徃々にして少
なからざるは我輩の甚た遺憾とする所なり
今回の條例規則に由りて改まりたる重もなる箇條は日本全國(一市内及び壹岐對馬を除き)
を通して電報料を同一と爲したる事、電信切手を發行する事、仮名十字を一音信としてこ
れに十五錢の電報料を課する事等にして我輩が久しく希望する新聞原稿電信を廉價に傳送
する事などは一向に見當らざるなり
全國の電報料を一價に改めたるは甚た好し然れとも仮名十字の一音信に十五錢を課するこ
とにては現在の電報料と比較して格別の差異なきが如く思はるゝなり電信は文明の利噐に
して開化の輸送機なり然るに此大切なる道具にして其使用賃の不廉價なるは我日本文明の
大欠點なりとの事は數年以來我輩の屡ば論辨する所なり然るに今回の改定法にて一音信に
十五錢を課し剰さへ其一音信は仮名十字に減少せられたるを見て我輩の落着したるも蓋し
無理ならす事なるべし英國の電報料は二十語一音信に付全國を通じ一シルリング(廿五錢)
にして受信人發信人の住所姓名代を取らざることは今回の我改定法に異ならず今日本の電
報料を以て英國に比較するに凡そ六倍の高價と爲るを見出すべし其算法左の如し日本の仮
名十字は英語の凡そ一語半に當るとすれば英語の二十語は日本の仮名百三十三字に當るべ
し百三十三字は十四音信にして此電報料一圓四十五錢なり尤も和英両語對比の勞を執るに
及ばず直ちに新條例規則に依りて日本國内に二十語の英文を電信に出し見るべし歐文の電
信には住所姓名にも矢張り毎語十錢を課するの法なるが故に此分を五語として本文とも合
して二十五語と爲るならん歐文二十五語の電報料は二圓五十錢即ち英國電報料の十倍なり
試に文明の恩澤に紐れたる英國人をしてこの事實を聞かしめば何等の感を催すべきや英國
にては二十語二十五錢の電報料すら尚ほ甚だ高價に過ぎ當代文明の主義に適はずとてこれ
を十二錢半(六ペンス)に減せんとするの議ありて現に故フ〓ーセット氏が驛遞總監在職
中殆んど之を實行せんとしたることさへありし斯る文明日進の世の中に當り東洋西洋の別
なく電報料の甚た不躾なるは啻に其國民の幸福に大關係あるのみならず國交際上萬國に對
する其國の體面上にも容易ならざる影響を來たすことならん
電信切手を用るは甚た好し然れとも我輩は別に此爲めに切手を製せずして唯在來の郵便切
手を使用することとしたらんには尚ほ一層の便利あらんと思ふなり或は郵便に電信に同一
の切手を用ひては驛遞局と電信局と會計上の混雜ありなど云ふ異論もあらんかなれとも果
して右樣の不都合あらんには兼て我輩の希望する如く驛遞と電信とを合併して一國の通信
局なるものを設置し二つの事務を一人の總官に監督せしむることとせば一切の故障は立所
に消滅すべしと信ずるなり又此條例規則中に就き一二の小箇條を申せば電信局長に於て傳
送を差止めたる電信と雖とも其電報料は返却せざる事又は電信切手を買戻すに四枚以上連
續したるものに限り又其價は一劃を減ずる事などは隨分困難なる事柄なりと思はる兎に角
に今回の條例規則は尚ほ改正の餘地あるものと信するなり