「秩序紊亂の中に秩序あり/日本の税法」
このページについて
時事新報に掲載された「秩序紊亂の中に秩序あり/日本の税法」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
秩序紊亂の中に秩序あり
前號の紙上に記したる如く我輩は政府の衣冠文物整然として尊卑の分斷明白なるを非せず却て大に之を贊成し又世の政治者が政談するを需めずして却て之を奬勵する者なれとも全國中の榮譽權勢を擧けて之を政治社會に歸し人の智愚品格を問はず唯官吏なるが故に尊しと云ひ其實高學不學を論せず唯政論客なるが故に重しと云ふが如きは甚た取らざる所なり蓋し其尊しと云ひ重しと云ふも當局部内に於ては誠に尊重にして妨なしと雖とも其〓を擁して他に及ぼし一切の計事を包藏して洩らすことなく政治上尊卑を標準にして全國民の分斷を定めんとするときは其包藏中に在る事業は最初より第二流の地位に下りて迚も盛大を望む可らず元來國を立るには固より政治なかる可らずと雖とも學問も亦甚た大切なり殖産は最も大切にして宗敎も亦衆庶の爲に要用なり此種の要を以て政治に比するときは曾て輕重ある可らざること論を俟たずして他ならず如何となれば國に殖産の運動なく學問の敎育廢止し又隨て家族の流るゝが如きあらば國にして國に非ず政論ありと雖とも施する處なければなり政治なり學問なり殖産なり又宗敎なり一樣に國の爲に大切なるものとするときは其國の人が一樣に之に費して敬意を表するも亦當然のことなる可し太政大臣以下勅任奏任の官吏は誠に尊しと雖とも是は政治社會中の尊にして學問以下の社會に於ては則ち然らず學問も一社會なれば殖産實業界も一社會にして其社會中には自から一種の太政大臣ある可し又勅奏任ある可し是等の人物に向て國民の敬意を表するは政治社會の人物を敬すると毫も輕重なくして始めて一國全社會に尊卑の平均を得たる者と云ふ可きやなり
封建世襲の常態として只管政治のみを重んずるの遺風尚殘存するの今日に於ては鄙言或は世人の耳に隨ふて不愉快を感するものもあらんかなれとも今の日本は是れ封建の日本に非ずして然かも外國との交際を開き百事文明の風に從て世界萬國と文明の先後を爭はんとするものなれば聊かの不愉快は國のためと思ふて之を忍はざる可らず西洋諸國の状態を察するに政體は各國異なれとも其立國の元素は決して政治のみに非ざるが故は國民の重んずる所も亦政治のみに限らず試みに米國の諸新紙を見よ紙面の大概は普通の記事を記し就中殖産商工新發明の事項に關するもの最も多くして政治談の如きは僅に其一部を占るのみ英米の新聞記者が政事に迂なるに非ざれとも其社會一般の好尚する所、政談にあらずして殖産經濟論に在るが故に然るのみ新聞紙は輿論を代表して輿論の重んずる所を重んずるものとするときは米國人が政治を意に介せずして殖産を重んずるの事實を以て知る可し又佛蘭西のあかでミー(首府巴里の大學)は學者の機關として世界中に有名なるものなるが第一世なほれをん帝は其社員たるを得たれとも第三世なぽれをん帝は之を冀望して終に許されざりしと云ふ則ちあかでみーは佛國學者の私立社にして之に入社を許すと許さゞるとの權は社中固有の力に存し國帝の威を以てするも動かすこと能はざるの實態なり佛蘭西の學問重しと云ふ可し左れば今我日本國に於ても西洋文明の風潮を輸入して立國の元素を多能ならしめ幾多の力を各鄙に遇うせしめて以て一國全體の維持を固くせんとするには更に工風する所のものなかる可らず
在昔德川時代專權の政府にて士族以下と以上と分界を定め所謂百姓町人輩を冷遇したるは〓〓もなきことなれとも其士族以上の社會に於ては尊卑の名義分明なるが如く分明ならざるが如くにして以て全體の秩序を維持し冥々の際に人情を籠絡したるは舊政の巧なる者と云はざるを得ず例ば京都の公卿は位尊くして實力なく諸藩主は兵馬命〓の權を專にしながら他に於ては公卿と齒するを得ず、親藩大藩の勢力大なりと雖とも天下の政權を執る者は必ず小國藩主に限り實力に於ては大藩の十分一にも足らざる者が其大藩主を〓遇するに自由ならざるはなし東西本願寺の住職其各兩本山の大和尚の如きは其格式遙に諸候の上に位して宗敎上に於ては實に尊大〓〓のものなれとも政治上に關して寺社奉行より支配するときは奉行の下役人が之を左右すること駄犬を御するに異ならず、幕臣は直參と稱して尊く諸藩士は隨臣と呼はれて卑しと雖とも藩中の醫師學者等に有名なる者あれば直に〓〓して直參と爲し或は將軍に謁見を許して直參〓〓に待遇するの慣行あり故に實力なき者は髙位の者とて以て自から慰め、〓〓卑き者は實物を所有して自から誇り、幕政は政權を以て一切を支配すれば大藩主は潛に〓小藩を〓笑し、僧侶が小俗吏に〓〓らふるゝも其一宗敎に於ては唯我獨尊にして人〓も亦臣民の上に在れば〓々たらざるを得ず、隨臣常に〓〓せらるゝも時として直參の榮を得れば深く〓しむに足らず此種の政略は德川に最も多くして之を要するに其士族以上を制御するの法、一方を抑へて一方を揚け恰も一身の左右を抑壓して本人の情を瞞着し其揚けられたる方に得意を償ふして抑へられたる方の憂を忘れしめ其際に中央政府は實に要用なる實體の政權のみを倫むの趣向なるが如し蓋如何なる專權の政府にても全國無限の權限を一處に集め政治上は權力ある者が位も特に尊く、家も特に富み、學問も特に高く、見聞も特に博く、宗敎も敎育も商賣も工業も一切萬事これを撞着し亦〓〓して人間社會の貴賤貧富智愚〓〓一目分明〓〓たらしめんとするは畢竟想ふ可くして行はる可らざる所のものなれば時として俗に所謂〓に〓すこともある可きなれとも人事各種の社會をして不行屆ながらも各其働く所に任し既に之に任すれば亦隨て至當の敬意を表し以て人情を安んぜしむるは經世の一大事にして德川政府の如きは或は之に着眼し當時の識者も之を助け成したることならん固より今の時節に舊幕府の故事を手本とす所やに非ず今日は自から今日の工風こそある可けれとも讀者參考の一助にもと思ひ其故事に聊か評論を加へて態と之を記したるのみ
日本の税法
我輩前號の紙上に於て當時日本國人の負擔する租税の總額と又此内にて土地より出る税額との全國の人口と又此内にて農業に從事する者の數とを夫れ夫れ比較して我日本の税法は世人の想像する如く農民に偏重なるものにはあらずと論じたり然らは報知新聞は甚た此論に不用意にして大に我輩が計算の事實に相違するを〓し我輩が全國の人口十分の八内外は農民なりと云ひて殆んど〓〓して農民は全人口の十分の四強に當るものなりとしたり一は十分の八と云ひ一は十分の四と云ふ議論の桁合はざる怪むに〓〓らず然して我輩の甚た遺憾とする所は我々が我日本の人口、土地、租税等の數も未た充分に明細正確なる統計を得たること無しなり未た基本を定めずして〓ては其未た爭ひては互に〓〓〓〓〓〓〓關すべき見込なきを以て我輩〓言〓〓〓〓見合ふべし
畢竟するに我輩の論旨たる今の不景氣を救はんとするに地租を減し其〓に他の諸税に求めんとする者の甚た不了見なるを諭したるまでのみ農民の肩を休めんとし實際に荷物を減ぜんとはせざる者の肩の荷物を他の肩に移し夫れにて〓力を費ひ得ざるべしと妄信する者を諫めたるのみ減税は可なり農民に今少の增税すべしと云ひたるにはあらざるなり今日增税の是非又民力の如何等は全く別の問題に過ず我輩は今〓〓目下全國不景氣の原因を獨り述べ之を終止するの道を〓めつゝある〓〓なるが故に是等の問題に關しても反對意見を開陳して報知新聞始め廣く世の識者に〓することあるべし