「B男尊女卑の風習破らざる可らず」
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時事新報に掲載された「B男尊女卑の風習破らざる可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
B男尊女卑の風習破らざる可らず
我輩は前號の紙面に於て我國婦女の今日の如く卑屈なりし三原因を述べ我婦女子の無職業
なるを以て其原因中に算入せしが我輩の計算は决して漠然たるものに非ず古來國の文野に
論なく婦女の地位は工藝の國に尊くして干戈の〓に〓きことは今日社會學者の設定せし事
實なれとも干戈工藝、國其業を異にすれば婦女の地位も亦隨て其尊卑を異にするは畢竟干
戈の事業たる女子の天性に於て耐ゆ可らざることにして此點に至ては常に男子の勢力に依
頼せざる可らざることにして此點に至ては常に男子の勢力に依頼せざる可らざるが故に斯
かる國柄にては婦女子は世の男子に對して恰も保護防禦の負債あるものゝ如く是に於てか
債主たる男子の位地は益尊く負債主たる婦女子の地位はますます卑しからざるを得ず然る
に工藝の熟練伎倆は婦女必ずしも男子に讓らず或は一歩を讓ることあるも與りて其間に周
旋し共に相扶掖することを得るが故に女子必ずしも男子の勞力のみに依らず幾分か其能に
食むの傾きを生し我は我たり、汝は汝たり、一身獨立の計に至ては鬚髯、娥眉何の異なる
所あらんやとて婦女子の品位自から貴重なる可きなり即ち今日の處にて殖産商賣の盛なる
英米にて婦女の品格最も高く武風尚存する獨逸等にて女子の地位稍下る所以のものは職と
して右の理由に原因することならん斯くて世の婦女子等が相當なる職業を戸外に求め職業
社會に於ても一元素として働くに至らば國民の一半俄に生産力を加へたるが如く國の理財
上に取りて幾分の好結果を生せざるを得ず或は婦女の身分に於て事情、職業に從事する能
はず或は之に從事するを要せざる塲合も多かる可しと雖とも身に相應の手藝を具へ居れば
自然不覺を取ること少く又其手藝より發する光彩は之を試みざる間も常に世の耳目を射て
男子も亦之を輕んずるに由なく婦女子の品位は加速動を以て上進すること萬、疑なかる可
し
從來我國の婦女には學校講堂の教育なく社會交際の教育もなく道理を解せず世事に通せず
一家庖厨の間に上下して唯其戸内の細事にのみ關心するを常としたれば世上の毀譽も自か
ら耳に達し難く又其毀譽を感することも不鋭敏にして自然無責任の積習を馴致したり甚だ
嘆す可き事共なれば公にも私にも如何にもして此積習を破らざる可らず其方便としては講
堂の教育上より女子の智見を開くことも大切なり又貴婦人の部分にては夜宴の集會、高談
舞踏の仲間入りより彼の婦人慈善會を試むるが如き孰れも殊勝なることにして中下等の婦
女子にまでも多少の好影響を及す可し是亦甚だ大切なりと雖とも差當りの急務とも云ふ可
きは女子に職業を授くるの方法を講すること即ち是なり抑も歐米諸國にて大に婦女子の位
地を進めたるは實に五六十年來の事にして當初之を進めんとするの際には或は教育を盛に
して女子の智見を開くことを勉めたるものあり或は道理上よりして女子を同等視す可しと
論するものあり或は稗史小説を著して女權の増進を促したるものもありしと雖とも其實際
上に於て大に女卑の風習を破りたる者は女子授職の學校會社等を設立せしことなり左れば
近代歐米女權の擴張し來りし原因として英米佛露等各國到る處に女子商法講習所、女子工
業學校、女子醫學校の類を増加し又女子教育會社など稱するものに至れば〓〓、電信、寫
眞等の學課を教授し各國の電信局郵便局等にては往々女子を雇傭することあり又〓(包み
かまえに人)牙利のペストにては女子に傍聽筆記術を教授し居れりと云ふ斯くて歐米諸國
の婦女は身に相應なる職業を得、男子と等しく糊口の責に任することを得たるが故に其男
子に對するの品格も漸く上り遂に今日の地位に達したるならん左れば今我國に於て男尊女
卑の風習を破り婦女をして社會交際の一元素として働かしめんとするに就ては種々の方便
ある其中に先つ戸外の職業を與ふるの工夫を爲すこと肝要ならん而して其職業に就ては
種々の撰みある可しと雖とも女醫學校を起して婦女に夫れ夫れの醫術を授け卒業の後女醫
の開業を許すなども亦適當なる一法ならんと思はる、聞く、露西亞先帝アレキサンドル第
二世は夙に女子授職の大切なることを悟り曾て諸官省に内達する所ありし其中に女子の爲
めに設置されたる産科學及ひ其他の學課の擴充し女子を奨勵して自營の途を立てしむ可し、
病院在勤の看病婦は頗る有用なるものなれば女子に許すに軍醫の助役及び種痘院、婦人病
院の藥局事務を以てす可し云々の箇条を加へたりと云ひ又西洋諸國にては皇室の保護を以
て女醫學校を設立したるの例もありと云へば我國に於ても雲上貴婦人方の發意を以て斯か
る有益なる學校を設け其流風を全國に波及して直接には女子に一科の職業を與へ間接には
婦人の品位を進むるの方便と爲すこと我輩の企望に堪へざる事共なり
右の如き次第にて我輩は我婦女子の品位を進むることを熱望し世上寛大の諸紳士も亦我輩
に同案なる可しと雖とも我國今日の勢にては習慣の馴致する所ろ婦女子却て男尊主義を維
持し從來女卑の故例を守りて自から其の地歩を進むるに懶く或は却て利女主義の人々を嫉
視するなきを必すべからず少しく不敬なる比喩なれとも我國の婦女子は鳩の如し、野の鳩
を拘引して之を籠中に投ず、盖し鳩の初志に非ざる可しと雖とも其籠に居ること久しけれ
ば啻に其窮屈を訴へざるのみならず偶々之を放つものあるも尚ほ歸籠の念を存し或は其放
生の恩人を怨むことあるが如し今日我婦女子の位地は殆んど籠中の觀あり知らず亦自から
脱籠せんと欲する志望あるや否や