「九州までの鉄道」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「九州までの鉄道」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

九州までの鉄道

我國の鉄道敷設に就き差當り我輩の希望は先つ一線を以て日本國を申するに在るなり鉄道

の一線圖を申して運輸の動脈流通すれば平時に在ては貨物運送の便を増し山中の物産海濱

に出で海産容易に内地に達して一山一水を隔つるが爲めに物價に不平均あるが如きことな

く商工農業には活氣を加へて永く之れに文明の性質を附すること爲らん又内地に事變ある

塲合には一通の電報と共に變地へ向けて警官兵卒等を送り出すこと容易なるが故に鎭臺の

數も無鉄道の際の如く多きを要せず國の兵備上より考へても非常の便利を増すことならん

或は外交事務に就き往返の神速を要するときには鉄道の必要を感することも亦甚た切にし

て近くは去年より本年に掛けての日韓及び日清談判に際しても鉄道日本國中を貫通し居り

て大使の一行、路を海に取らず沿道の人民も到る處大使を波止塲にてはなく之を停車塲に

送迎することを得たらんには使途往返の便利は申す迄もなく鉄道近傍の人民は一行の列車

を目撃して國の榮〓を感せんことも尚一層深切なりしことならん左れば今日に當りて一日

も早く日本國中を通する鉄道を敷設せんことを希望するは官民の別なく智愚の別なく國民

皆な然りと申す可きなり

讀者諸君は近日の本紙面にて定めて承知せられしならん過般阿富汗事件に就き英露の交際

將に破れんとする勢あるに當り英國は其信號旗を朝鮮所屬の巨文島に打ち立て目下現に之

を占領し居れり然るに露國は英國の所爲を默視せず近來頻りに濟州島の周圍に出歿し正に

之を占領せんとするが如くして未た全く其事を果さゞるは地理上の便宜を圖り一轉して他

に根據を求むるの意にてもあらんか、兎に角今日の勢にては英露の軍艦九州近海に出没す

るが故に我國の如きも前年徳川政府の時代に露艦の海兵が對州に上陸して占領の勢を爲し

たることある等を思ひ合はすれば大に戒心せざるを得ず現に佛國のル タン新聞の如きも

英國の巨文島占領を評して巨文島は日本を去ること百六十英里に過きざれば英國が武庫を

巨文島に打ち立つるに就ては日本は必ず不安の感覺を惹き起すならん云々と論したる等を

見ても我輩の今日に戒心するは决して過慮に非ざる可し斯くて戒心最中の我輩より觀察す

るに今の蒸氣の世の中にてすはと云ふ時に必要なるものは彼の石炭を以て最なりとすれと

も我國有名の石炭坑は高島、三池、唐津等孰れも九州の一偏偶に僻在するが故に萬一の塲

合を想像して外國船が九州近海に出歿し時に我船艦の通行を阻する樣の事ありたりと假定

せんに此時若し九州の西南岸より北岸に達するの鉄道又中國の西端より東の方京坂地方に

聯絡する鉄道の有らざりせば差當り石炭の供給に欠乏を感することなしとも云ふべからず

但し下の關は船車海陸諸線路輻湊の地にして又兵備上の要地たり海に陸に此地の兵備の堅

固なるべきは無論の事にして兵備既に成る上は銕道東方より來りて此海峡に達し此處にて

釣橋に由りて數丁先きの九州に越るか或は當分の内は渡し船を用るかして前岸に渡り上が

り更に其線路を延ばして九州全海岸有用の地方に往来することは甚た容易にして又甚た安

全ならん斯の如く内面の通路既に自在なる上は一朝の危急に際して九州の海面敵船の往來

繁く頓に海運の澁滞を來たすことありとするも决して爲めに狼狽するの患なく自若として

我守る所を守ることを得べし左れば今日に當ては東京より大坂に大坂より又中國筋に掛け

て九州に達するの銕道を敷設すること實に燃鬚の急にして當局關係の人々は思早く此に及

はざる可らず但し銕道は大工事今日警報を得て大に運輸の不便を感し斯くては成らじとて

夜の内に一起工の命令を下し翌朝は其新成の線路に由て思ふ所に往復し得べき樣の手輕な

る者にあらず僅か百里の鉄道を布くにも油斷をすれば四五年の月日を費す樣のことあるは

是迄の經歴に於て我々の熟知する所なり今や亞細亞の極東日本支那朝鮮安南邊の海上風雲

日々惡しく波濤日々高し歐洲文明諸國の都合次第にて明日とも云はず何樣の椿事の此海上

に降り來るべきやも測るべからず椿事一たび起れば我日本にて其衛に當るものは必ず九州

地方ならんこと亦論を俟たざるなり九州地方へは早く〓を注かざるべからず早く通路を附

けざるべからず