「白人遂に此地球を領す可し」
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本文
白人遂に此地球を領す可し
白人遂に此地球を領す可し
世界の歴史中、人の一寸氣の付かざることにて最も重要なる事あり即ち近來白人種の非常に增殖したる一事なり今を去ること二百年前紀元千六百八十四年の頃は白人の勢甚た弱く其數も僅に全世界人口の十分の一位なりき尤も其時と雖ども白人は各人種の中にて最も活〓〓爲なりしは疑も無きことなれども去迚此白人が今後大に力を得全世界の人民に抵抗して之を壓倒す可し抔とは思も寄らざることなりし盖し當時亞細亞人種の侵略尚未た止ます土耳古の人馬は墺國ヴヰエナの城下に在り地中海には亞弗利加の兵艦出没横行し東方亞細亞に於ては印度の海岸二三の地を除くの外未た歐洲人を見たるものさへ無し又西半珠に於ては南亞米利加は既に白人の併呑する所となりたれども北亞米利加にては土人の勢甚た猛烈にしてインヂヤンとの戰爭は實に危く又恐る可きものと人皆思ひ居たり其他亞非利加大陸は全く黒奴の所有に歸し、太平洋の諸島未た白人の影を見たるものなし白人種前途の望甚た漠然たりしものと謂ふ可し
下〓千七百八十四年に至れば白人の勢力稍盛なるを見る可し則ち南北亞米利加は既に其所有となり北方亞細亞は全く之を併呑して東印度地方に於ても亦次第に蠶食を始め濠洲大陸の南部には時々白人の往來するあり然れ共此時白人の數は凡そ一億五千萬則ち全世界の人口の七分の一に過ぎざれは其勢未た以て他人種を壓倒するに充分ならず是を以て北米に於てはインデヤン戰爭未た全く止まず印度に於ては諸種族の英人に抵抗する者相續て起り之を征するの困難一方ならず又西方亞細亞及び東方亞非利加にては土人の勢頗る強く該地方に在る白人は殆と其奴隷たるに過ぎず之を要するに當時白人種隆盛の兆は既に充分なりしと雖ども未た其時期の至らざりし姿なり
然るに千七百八十四年より千八百八十四年に至る百年間に白人種の勢力增加したる其速力は古今の歴史に於て比例を見ざる所なり千八百八十五年英國人ギツフヰン氏(Giffin)の統計表に依らば現今全世界に住する白人の數四億二千萬なりしと云ふ即百年間に白人の數殆ど三倍に增加したる割合なり豈盛なりと謂はざる可んや之に反して同年間に他の人種の增加は甚だ少なく今白人の數を全世界の人口に比すれば凡そ其三分の一を占む可し斯くの如く白人は其數の增加すると共に其身体は益強大を致し其智力は益々發達し實に現今人類中最も上等の種族と云へば白人を置て又誰か有らん哉之に加ふるに其發明工夫に係る汽車汽船電信等を利用して地球上を横行すること恰も無人の里を過るが如く一人として敢て之を妨る者無く又之を妨けんと欲するも妨け得る者無し(今仮に全世界の人類をして白人を同しく近世文明の利噐を所有しめ力を併せて白人に敵せしむるも果してよく之と頡頏するを得可きや甚た疑う可し)今此地球上に於て歐洲文明の風潮に抗し以前舊慣故例を墨守して一國を建るものは唯東洋に一の支那帝國あるのみ實に支那人の中には若干の船を有して亞細亞の南方及び亞非利加の東岸を航海するもの少しとせす然りと雖ども其船舶は大概下等舊形の者にして之に乗して海を渡る者も亦小商人海賊等に過ぎず之を要するに方今世界中迅速堅牢の軍艦商船は皆白人の手に成て白人の手に存すと云ふも過言に非ざる可し試に今日支那が歐洲の一國と戰端を開きたりと假定すべし扨其時に當て支那政府は能く數萬の軍勢を其軍艦に載せ支那人を將として其艦隊を率いしめ波濤を越て歐洲に到り白人の住所に上陸して白人の都市を攻撃するを得可き哉我輩故らに之が答を記さゞるも讀者の既に自から知る所ならん盖し支那國の獨立を保つは偶然の僥倖にて其早晩白人の爲に侵略を被るべきは衆人の期する所なり
今若し白人種が曾て亞非利加南部の蕃民を鏖殺して其土地を略取したるが如き方便を用て全世界の國民を容赦無く攻撃せば五六年を出ずして此世界は全く白人の所有物となるや疑ふ可らず又仮令此の如き過激の手段を取らざるも現世界が白人の手に落るは决して遠きに非ざるなり目下エジプト及び東京地方の事跡を見ても白人が全世界を併呑するの望あり又力あるを知るは難きに非ざる可し今や南北亞米利加は北はアラスカより南はパタゴニヤに至る迄盡く白人の支配を受け北方亞細亞に於ては西はユラル山より東は黄海に至る迄又其所有たり其他印度なり安南なり濠洲なりニユージイランドなり皆白人の支配を受け太平洋無數の島嶼は實際悉く白人の所有に外ならず又近來は白人の亞非利加に殖民する者甚多く南亞非利加、佛領亞非利加ナイジャー流域(Valley of niger)コンゴ流域(Valley of Congo)等百方より内地に進入する者陸續絶えず亞非利加大陸が白人の居所となるも盖し遠きに非る可し
右の地續に歐羅巴大陸を加ふれば現今白人の領地は全世界の過半を占るを見る可し而して今日白人の增殖は益々盛にして年々數十萬の移住民歐洲を去れども之が爲め歐洲の人口には些小の影響だも與へず人民の數は益々多と加へて止る所を知らざるものゝ如し世界中人口の多寡にて白人種と競爭する者は唯蒙古人種有る而巳なれども此人種は往古曾て非常に增殖したることあるにも係らず今は殆ど其增殖を止たる有樣にて到底白人の傍に在ては繁殖すること能はざる者に似たり右の如く他の人種は依然舊の如く白人獨り增加すれば他日此世界が白人の世界となるは疑ふ可らざることならずやギツフヰン氏の統計に依れば今後百年を經れば白人の総數十億餘となる筈なりと云へば適者生存の大法に從ひ蒙古、マレイ等の人種次第に其勢を失ひ白人の足下に服從するは必ず百年以内のことならん云々