「營業馬車の取締如何」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「營業馬車の取締如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

營業馬車の取締如何

皇居の壮なるを見ずんば何ぞ天子の尊きを知らんとはむかし支那人の考なれ共今は世界萬國の交際、互に國の貧富強弱を爭ふの時節となり皇居の壮大のみを以てせざる可らず倫敦巴里の美大を見て英佛の盛なるを知り紐育の繁昌を窺ふて米國の富を卜すべし我日本國にても夙にこの邊に注意し國の首府たる東京の市街を改良し舊幕時代にありし町々の木戸を取拂ひ町の幅を廣くし道路を修繕し橋を掛け替へ京橋區には特に煉瓦家を建築し又市中の重なる部分には瓦斯燈を點し乞食を逐拂ひ葭簀張を禁ずる等専ら都府を装飾するの工風は我輩の甚だ賛成する所にして斯くありてこそ日本帝國の首府と申して外國の人に示しても耻かしからず以て我帝國全体の勢を知らしむるに足るべきなれば東京の装飾は今後とても决して怠る可らざることならん近來は市區改正の議もありと云ふ其議は固より商賣上の便利、衛生上の豫防等を眼目にするは勿論なれども府下の壮觀を維持するの工風も亦改正議中の大箇條なるべしと信ず然るに今我輩がこの邊の事に心を〓せて市中の有樣を見渡すに不愉快に堪へざるものありと申すは他にあらず彼の市中市街の大道に我他彼此する營業馬車の一條なり其馬車の種類一樣ならず稀には見るべきものありと雖ども全体を申せば製作も粗末にして掃除手入れさへ不行届なる車に痩せ衰へたる馬を付けて之を鞭ち風雨寒暑の別なく東西に奔走して馬の死力を盡し車中の客には職人あり田舎者あり裏店の家婦が乳のみ子を抱て漸く車に昇り上れば其隣席には肴屋が草鞋をはきながら一荷の籃を擁して蟠る等その状况は車の周圍に垂れたる薦か古布の破れ目より窺ひ得て分明なり大凡そ世界中の野蠻國はイザ知らず苟も人民が馬車を用る程に開けたる國々に於て日本の營業馬車よりも粗末なる車に乗る者はなしと或人の語りしも眞實なるが如し是れも日本人同士にて内證の事なれば尚ほ忍ぶべしと雖ども帝都の中央内外人民の群集に於て一年三百六十日の博覧に供するとは外國人の見る目に忍ぶ可らざる者あり我輩曾て之を故老に聞く前年徳川政府の時代に諸外國人が江戸の内外を通行するときは政府より別手組と稱する騎馬の者をして警衛せしむるの慣行なりしが其騎馬甚だ美ならず馬もきたなく馬具も粗末にして騎者は小倉の馬乘袴に皿形の笠を冠り痩馬に鞭て外客の前後左右に付添ふ其樣は我政府の深切とは申しながら隨分見苦しき風情にてありしが或る年白耳義國より使節來聘して新に條約を結ぶの事に會ひ其前より我國在留の荷蘭公使が都で周旋の任に當りて萬事日本政府へ打合せのとき公使が極内々に幕府の役人へ依頼には新渡の使節江戸に入りて登城の節、必ず例の別手組(當時エスコルトと稱す)の付添ふことならんが何卒馬も馬具も今ま少しく奇麗にして見せ給はるべし拙者が私に畢生の願なりとて懇談したることありと云ふ蓋し蘭公使は前年より日本の風俗に慣れて別手組の見苦しきも左程に思はざれども白耳義の使節に對して今は東道主人の地位に居り聊かの事にても日本國の外見を装はんとする其人情の優しきは云ふまでもなく吾々日本人の身となりては今日この話を聞いても實に面目なくして汗の出る次第ならずや左れば今の營業馬車も吾々の目に見ればこそ其まゝに看過すことなれども東京横濱に在留する諸外國人殊に新に渡來の貴婦人紳士等が東京市中又は近在遊覧の時などに例の我他彼此奔走の樣を見たらば如何なる感じを起すべきや吾々は昔の荷蘭公使に對しても申譯なく唯首を俯して愧入るのみ然かのみならず一を目撃して十を推察するは人情の常にして外客が先づこの馬車の我他彼此をみて先入する所主と為り遂に我國全般の事物を低價に評するの憂なし共云ひ難し左りとはますます以て殘念至極の事にこそあれ

左れば今市中市街の營業馬車を如何に處分すべきやと云ふに其法甚だ難き事にあらず第一獣類を非道に勞役するの惨状を公衆に示すは人生の慈悲心を傷ふて自ら世教に害あり既に見世物等にも之を禁じ又牛闘の戯抔も各地方にて許されずと云ふ程の事なれば營業馬車の馬の惨状は人生の見るに忍ひざる所のものならん之を止むるは見世物又は牛闘の状惨を止むるの旨に異なることなかるべし第二或は慈悲心云々は宗教道徳に關することにして法令の問ふべき限りにあらずと云ふ者もあらんか左らばこれを經濟の主義に訴へて申さんに馬の種を改良するの要用は一國の經濟に最も大切なる一箇條なり然るに今全國無數の馬を虐用して隨て衰弱すれば隨て之を取替へ自然に馬の性質を粗惡にして次第に繁殖するに任する時は數十百年の後、日本産の馬は如何なるものに變性すべきや恐るべきの甚たしきものなり之れを聞くアラビヤ馬の良性なるは數百年來其國に馬を貴び之を愛育するの風に由て自然に事跡に現はれたるものなりと云ふ左れば營業馬車の流行する日本國にアラビヤ馬の産出は固より望むべからざるのみならず、このまゝに差置たらば今よりますます衰〓に赴くべきは智者を俟たずして明に知るべし第三營業馬車には危險多くして人民の身体に不安心あり奔走の途中馬の躓いて車の顛覆するは誠に珍らしからぬ事にして足の弱くして常に躓く馬には其膝を皮もて包み豫め其躓くに備るものあり、危きこと推して知るべし然かのみならず〓の意氣盡きて斃れ車の破壊して乗客の怪我するは毎度往來に目撃する所にして統計表こそなけれども其危險は粗惡なる蒸氣船に人を載するものに同樣ならん汽船には検査法ありとの事なれば等しく危險なる馬車にも亦同樣に検査の法ありて然る可き事なるべし第四營業馬車に取締を嚴にしたらば自然癈業の者多くして人民の便利を缺くとの説もあらんかなれども目下東京市中には鐵道馬車の安全便利にして賃錢の安き者あり全体鐵道馬車の用は市中より遠く市外に通ずべき性質のものなれども今日の處にては營業馬車の多きがために妨げられて意の如くすること能はざるものならん故に今若し營業馬車が検査の嚴なるに苦しみ其我他彼此たる危險を逞うするを得ずして癈業に决したらば之に代はるに鐵道馬車を以てして少しも差支あるべからざるなり本來我輩の論旨は日本帝都の中央内外公衆の眼前に見苦しき營業馬車は唯外見の一事のみにても其改良か又禁止か如何やうにも嚴重に法を設けんと欲するものなれども今仮にこの立論の趣旨を離れても右の如く第一より第四に至るまで其妨害危險を計ふるときは公衆の秩序を整理する其筋の手を以て之に干渉して至當の取締法を設るは當然の道理なりと信ずる者なり