「萬國發明品博覽會の日本出品」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「萬國發明品博覽會の日本出品」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

萬國發明品博覽會の日本出品

左の一篇は本年八月卅一日附にて英國倫敦在留の某

氏より送り來りたるものなり

萬國發明品博覽會の日本出品

目下當地に開設中なる萬國發明品博覽會は隨分廣大の仕掛けにて日々縱覽人の會場に入者恰も蟻の山を築けり日曜は休日、水曜日は入場料二志六片(六十二錢五厘)月火木金土曜日は一志、開場は午前十時より夜十時迄にて此周間即ち六日間の縱覽人數、總計十四萬八千六百四十八人、開場以來前土曜日即ち八月二十九日までの縱覽人は總計二百四十四萬七千九百八十五人なり

本日小生は博覽會場に到り諸所縱覽の上、日本出品の部分を見たるに金銀銅の賞牌二十個に孰れもPrize medal awardedといふ立派なる張札をなし置きたり日本の出品は素より發明といふべき程の者無けれど場所の狭き所に二十八個の賞牌張札を掲げたることゆゑ引立ちて見榮え甚だ宜しかりし然れ共今回の博覽會に、英國其他諸邦の出品と日本の出品とは丸で旨意と反對にし小生等は縱覽の際大にこれを遺憾に思ひたり是れは他國の出品は悉く新發明、新工夫なるに引替へて日本の出品は古器物の類のみ多しといふに非ず即ち其大相違の點と申すは出品の方法丸でかの趣を反對にするに在るなり當英國人は勿論、米國なり露國なりその他の者の當博覽會に出品する其目的は孰れも商賣の利益を得るに外ならむ乃ち博覽會は全くの賣店にて恰も廣大なる勸工場の如し左れば出品人は出品人にて自から店先に出張りその賣前の功能を述べ立て又は年若く愛嬌よき婦人を雇置き賣子となして(此類最も多し)品物を賣附け此外、會場にて直ちに賣渡さゞる大器械の如きものには何れも説明人を附置て其利點を演述せしめ又は功能書きの廣告を印刷して惜氣もなく縱覽人に頒輿する等、各出品人即ち各商人は本會の開場中、出來る丈の商賣をして出來る丈の利益を儲け兼てこれを廣告吹聽に利用す商賣には甚だ大切なる妙案にして能く勤めたる者と申すべきなり故に西洋諸國出品の賣店には甚だ愛嬌ありて面白ろけれども日本の出品所は之に反して先つ第一に人氣なきなり尤も商賣用に旅行慣れざる日本商工人のことゆえ出品者一名の自身に渡來したる者無きは恐らく恕べきこととなし然らば出品引受人にて不斷よく注意するやと云ふに兎角人少の樣子にて淋しく又日本より態々出張の事務官も兩三名あれども是れとて始終出品に附添ふべきにもあらず只Japanと記號したる帽子を冠むれる英人小使一兩名これに附添ふのみなれど英人小使のことゆゑ何が何やら素より出品の説明が出來べき筈もなし又英文にて出品即ち商賣品に廣告札を附けたる者は一個もなし且つ説明書すら尚ほ附え居ざるものあるゆゑ其品物は何に用ひて功能あるとか更に譯分らず即ち西洋諸國の出品は商賣錢儲けの勸工場にして日本の出品丈が眞に品物を示す展覽會なり此開場中、日本より出品したるもの丈賣れたりとて廣告としての效能は高の知れた者なり、故に若し眞に商賣の目的を達せんとならば出品賣捌を潮にして手弘ろに廣告を配るが肝要なり洋文にて充分に功能を説明しこれを印刷して出品と共に店頭にてこれを配るべし尚ほ大目論見もあることならば出品人が自身に出懸るか但しは然るべき人物を選び我代理人としてこれを送らざる可らず是等の事は出品引受人又は出張事務官などの世話にては迚も屆くべき話しに非ず利を視て爲ざるは智者の事に非ずドウセ世界の大博覽會に出品するといふ程の覺悟あるならば序のことに其出品の説明吹聽をも充分に致したきものなり是等は獨り今回の博覽會に限りたることに非ず總て外國に出品する者の一統に心得居て貰らひたき肝要事なり又日本の出品中、金 銀 銅二十八個の賞牌を得てこれを看板に掲げたるは前記の通り誠に見榮えがして宜りしなれども夫れに付ても尚ほ遺憾なりと申すは他に非ず本月中旬頃既に賞牌を授與すべき分の判然せし其翌日には當國の出品は勿論、米國を始め墺國露國の出品までGold(或は Silver)Medalawardedといふ張札を出して我こそは第一等の譽を得たりと云はぬ許りの意氣込みは詰まり商利に鋭敏なるの致す所、誠に感心の事にして且つ金銀のみならず銅賞牌までも悉く然るらざるはなし然るに日本に於ても今回の出品には金二個、銀五個その他銅賞牌、都合二十八個を得、西洋各國の出品賞牌に較べても決して辱しからぬほどの數なり日本の如き國にして御世辭にも博覽會の審査員より二十八個の賞牌を贈らるゝとは寧ろ大榮譽といふべきことゆゑ新開店なる日本國の爲め又各出品人商賣の爲め之を廣告に利用せば效驗も尋常ならざるべきに如何なる都合か他の各國は孰れもその賞牌の吹聽を爲すに拘はらず獨り日本の出品店は金賞牌の分唯一個のみと至て質素なる書方にて張出し他の二十七個は特に其披露さへ見えず小生も甚だ之を怪しみ何故他の金銀牌を公けにせざるやと夫より待つこと稍久しく八月廿九日に到りて漸く二十八個賞牌の張出を發見し是れにて日本の出品もなかなかゑらい者世人をも感心せしむへしと聊かは安堵したりと雖も本來何に寄らず都て物事を吹聽するは世間に耳新らしき内こそ肝要なれ

博覽會に於て彌々賞牌を渡したり其の内、英は何個、米は何個、佛、獨、露、墺は云々と金銀銅牌の數と類と世人がこれに着目する其際に投じて日本國の出品は金二ツ、銀五ツ、銅二十一と一目兩視、是と彼とを比較するやうにせば一入、日本國出品の評判を高くするの機會もあらんなれど何に致せ人目炯々、人氣鋭敏の其際中には日本の賞牌金の一個僅にその光を室隅に放ちたるのみにて人心漸く倦きたる半箇月の後ち二十八個の賞牌を披露するとも果して能く評判を引く機には後れざりしかと少しく憂慮する所なり又人氣は賞牌授與の當座にても將た後日にても興に變りなしとしたゞ活溌なる商賣國の中心に於て世間への吹聽評判、十五日の前と後とにてはかの影響に非常の相違あるべきこと數に於て爭ふ可らざるの理なり今回の博覽會は申すまでも無しこの後日本より外國の市場に出品する折には都て鋭敏活溌、商利に拔目なきやう注意あられんこと偏に小生の希望する所なり