「人力車夫の取締如何」
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時事新報に掲載された「人力車夫の取締如何」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
人力車夫の取締如何
男尊女卑の弊害は今更云ふのも忍びざるほどの次第にして從來は都鄙の別なく有志の婦人並びに士人がかの宿弊を矯正せんとて頻りに盡力せらるゝ者多きよしは日に本社へ到來する無數の通信にても其事實の一班を見るに足るべし
我輩の最も滿足する所なり然りと雖ともこの弊風の由りて來りし根本を尋れば固より一朝一夕の事にあらず
百千年來社會百般の事情より日増し年増しに増長して人の目にも付かざる平々凡々たる小害小弊の次第次第に累り合ひて今の姿になりたることなれば之を矯正するにも唯この一方の要害を攻め破りて事の成るべき性質のものに非ず
著しき要害は固より攻むべしと雖ども又一方には少弊害の在る所を求めて之を等閑に差置かず俗に薄紙を剥ぐが如く徐々にしながら少こしも怠らざること肝要なるべし
夫れに付き我輩が東京市中往來のとき常に見て目に餘るものは彼の營業の人力車夫が婦人通行の自由を妨害すること是なり
東京府下の八百八町到る處として五輛六輛の客待ち人力車の居らざるは無くその通行人に向て乘車を勤むる素より營業の自由にして通行人のこれに乘るも乘らざるも亦自由に任せ客と車夫と孰れも双方の自由を枉げずして啻だ便利なるに似たれど其實は男子の客のみこの自由を得て女子の客は哀れにも車夫の放縱にその通行を妨げられ婦人と見懸くる時は故意に價を高くして之を苦しむるのみならず左右より附添ひ來りて惡強ひに車を勸め幾たびか無用なりと言放ちても更に之を聽入れず、穢なく臭き襤褸を態とひらめかしして身の邊に附随ひ來り五十歩も百歩も際限を知らず斯くしていよいよ拒絶せらるゝときは車を勸るの言葉は變じて放言惡口となり侮辱至らざるはなし
尚ほ甚だしきは最初より乘らぬ客とは知りながら婦人と侮りて無理に車を強ひ其聽かざるを利して罵詈嘲弄の機會となし言はゞ通行の婦人女子をなぶりて狂嬉の種子となし以て車夫客待、長日の閑を消するが如き言語に絶えたる次第と申すべきなり
斯る事情なるが故に都下にて良家の婦女子は門外三尺を出ると共に其身は惡車夫惡口の穽に陷るものと覺悟せざるを得ず
若しも之を厭へば家に引籠り居るか然らざれば初めより車に乘るの外に詮方あることなし春秋の天氣に乘して子女を携へ散歩抔せんと思立ちても惡車夫の事を考えれば未だ之を見ずして先づ之を厭ふの情を催ほし、廻はり道をしても其群集を避け散歩の序に町の店にて子供の土産買ふなどは迚も叶はぬことゝ觀念して往來淋しき方角を撰ぶが如きは現に今日の事實にして毎度優しき婦人の口より洩るゝ不平話なり
本來人力車夫らが斯くも婦人に無禮なるは必ずしも之に由りて利益を得べきにあらず唯一時の妄慢を恣にするまでにして其内心は左まで惡むべき樣もなきに似たれども社會全体の秩序より論ずるときは其不體裁は實に容易ならざることなり仮に外國人をしてこの眞面目を一見せしめたらば何と評論を下たすべきや日本にては社會の富貴貧賤に著しき懸隔ありて所謂官尊民卑の如きは文明國に曾て例を見ざるほどの有樣なれども又一方より視察すれば強弱の懸隔も亦甚だしきものにして苟も腕力なくしては世に立つことも叶はず例へば婦人女子は腕力の最も弱き者なるが故に日本の首府東京などにては市中を往來するにも其難澁は一方ならず婦人に行逢ふて道を讓る者もなく夏の日陰、冬の日向、男子の專らにする所にして六尺の大丈夫が大手を振りて群集の中を罷り通れば婦人子供等は踏まれんことを恐れて之を避るが如き毎度目撃することにして殊に彼の人力車夫なる者は最も下等の人種たるにも拘はらず青天白日大都會の各處に群集して往來の婦人とさへ見れば其弱きを侮りて之を嘲弄すること實に目に餘るほどの次第なれども社會全體の風俗は是非なきことゝ見へて傍ら在る人も之を止むることなく其爲すがまゝに任せて悠々たりとは人間世界の奇觀歐米諸國には未だ曾て見ざる所なりとて驚くことならん幸にして東京には外國人の數も今尚ほ多からず且我國人の言葉は往來の騷々しき中にて外人の耳に聞取り兼る場合もありて斯る事情を知る者少なしと雖ども他人んい知られざればとて醜体は則ち醜体なり我輩はこれに安んずるを得ざるなり殊にこの惡風俗が男尊女卑の痼疾より由來したる發症の容体なりと云へば事は小なるに似たるも其毒は深し片時も油斷すべきに非ず況んや内外人の交際も日に繁多に赴く時節に於てをや事の眞實の性質に於ても人の目に觸るゝ外面の体裁に於ても人力車夫の取締りは特に注意を要することゝ我輩の信ずる所なり