「年既に窮し民亦窮す」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「年既に窮し民亦窮す」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

年既に窮し民亦窮す

年華〓々本年も早や今月今日限りと爲り日本國中都も〓も年越しの用意に忙しき〓とならん其忙わしきとは何ぞや目出度く新年を迎るが爲に疊の表替、障子の張替、子女の新衣裳、年の市の買物、歳暮の贈答、餅つき、注連いざり、其多事なる中に就いても最も大切なるは金錢取引の勘定にして買物の代金、借用金の返濟利拂、貸金の催促取立、抵當入替、證文書替、千差萬別恰も舊一年なかの人事をこの數日間に終りて新一年の事の端を改るものにして其間に運動すること何ものぞと尋るに人の手足と世の金錢と此二つの者にして所謂金の忙わしき時〓なり然るに日本の金はこの忙わしき時に逢いながらその運動を逞すると得ず金穴の庫の内には通貨堆きを成して始末に困り公債證書も既に買盡して七分利付百圓以上にては何分面白からず左りとて品物の仕入には其不捌に懲りごりして更に手出しの勇氣なく人に貸さんとして借入の多きこと山の如し雲の如しと雖も其危きを如何せん先ず以て有品の賣れる丈けを賣り貸金の取れる丈けを取立て庫の中の金箱を睨みて澁々年を越さんのみ顧みて田舎の難澁社會を見れば大貧小貧その行詰の苦しきは石に手を挟まれざるが如く其やりくりの恐ろしきには火の車の廻〓るが如し地券面の價に二倍する地面を買入れ又抵當に取りて今の實價は券面の三分一より半に過ぎず之を抵當にせんとするも十萬圓の地券に對して千圓金を貸す者なし盖し地價下落すと雖も券面百分一に下りたるに非ずと雖も千圓て〓大金は田舎地方に止まるを得ずして都下の一部分に鬱積したればなり〓に千圓ありのみならず百圓もなし十圓もなし一村を擧げて一圓札を見ず買物に十錢札を拂い其つり錢の両替に全村を奔走したりとは實事談に聞く所なり資金は仕事の媒介にして苟も資金なければ遺利滿地と稱する田舎にても一事業の起すべきものなく數百年は舊富豪と稱する者も軒を並べて身代限を受け其〓恰も舊藩士族が癈藩の時に苦しめられざる苦痛に異ならず況して其以下の小貧者に於いてをや三五年以來敢て仕事を忘るゝに非ず心の怠るに非ず身の不叶なるに非ずと雖も如何せん執る可き仕事なくして手を空くせざるを得ず日に手足の働を以て日に口腹を養う者が働く可き仕事にありつかず飢るな〓らんと欲するも得べ〓らざるなり朝に食を得るも夕に食う可き目途なし身代限の如きは殆ど尋常一様の人事として怪しむ者もあらざれば亦自から不外聞と思う者もなし日本の人民頓に德義を失いたるに非ずと雖も金を借用して返濟の道なく手足を勞して錢の取るべきものあらざれば不義理と知りながらも之を犯さざるを得ず甲は乙に不義理し乙は丙に違約し違約不義理傳へ又傳へて將棋倒しとは正に今日の實況にして商賣上の德義地を拂い土崩瓦解既にその極點に達したるものというべし東京などの人が都會繁榮の地に居て地方の惨状を目撃せざればこそ氣樂にして今日も尚天下の政を談じ經濟を語る等その心甚だ優暢なれども試みに我輩が田舎の人になり代わりて思う所を吐けば百姓腹空くして政談を聽く耳なし傳え聞く東京にて大役人の進退ありて政事が云々なるべしなど云う者あれども役人の進退以て直に今朝の飢を〓するものにあらざれば喜憂するに足らず誰が立身して得意なるも誰が失敗して不平なるも悠々たる路傍の談のみ或は來年一月一日より紙幣交換の事始まるよし、可なし富める人貯蓄の紙幣を銀にして改めて穴藏に埋むべし吾々の手には一片紙の交換すべきものなし銀〓り紙たり唯富者の心事を煩悶せしむるに足る可きのみ吾々貧人の心に水の如く家は洗うが如く坐して負債の督責を受けて身代限を待つ外なし云々と云うことならん左れば目下全國の貧人は其大小に論なく必死の極點に達しざるものにして其事實は公債證書の騰貴、各銀行の危險、地面家屋等不動産の價の下落、人力車夫の増加、安泊りやどやの繁昌、海外へ下等人民賣淫婦の渡航等逐一計るに遑あらず或は民權論の衰微、新聞紙賣捌の減少も其一徴として見る可きものならん

年既に窮し民亦窮す誰かこの窮厄を拂う工風を思う者ぞ何事か能くこの厄を拂う目的を達すべきものぞ一回全局の大事に政府の力にあらざれば叶わず國民の窮を救う大策は工業を起す外ならべからず目下の大工業は鐡道敷設を除て他に求むべからず來年早々政府も必ず之に着手するならんと我輩の信ずる所又冀望する所なり語を寄す天下無數の窮鬼、窮は百年の窮にあらず來年は今年に變わりて目出度き事もあるべきなり