「加藤弘之君日本人種改良論の辨を辨ず」
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時事新報に掲載された「加藤弘之君日本人種改良論の辨を辨ず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
加藤弘之君日本人種改良論の辨を辨ず
高 橋 義 雄
一昨年九月拙著日本人種改良論の出版あり人種改良を習養遺傳の二に區別し習養の部にては体育を勸め衣食住の品位を高むることを勸め遺傳の部にては日本人と西洋人との雜婚を勸めたるに世上の學者中其利害に注目して新聞紙に演説に之を議する者少からず本月九日上野公園内文部省の官舍にて開きたる學士會院會員の演壇にては加藤弘之君日本人種改良論の辨と題する演説あり專はら拙著中雜婚論の一段を辨駁したる者の如し因て本月十二日以下四日間の東京日々新聞に掲載したる右演説筆記を見るに先つ衣食住改良の事は善き事なりとて之を賛成し次に雜婚の事に移り歐洲諸學者の説を擧けて雜婚は子孫の増殖に妨けなし、雜婚は人種の身体上に良結果あり、西洋人と日本人との雜婚は良質の子を得るの見込あり云々と述べ是迄の處は原案に觸るるかと思へば却て觸れず蜻■(むしへん+「廷」)點水の論法にて説き來り扨て最後辯駁の一段に至り其大略左の如し
人種改良論者の所謂改良は改良に非ず改良とは或る部分の變換に止まり其物の全体を變革するの義に非ず然るに今改良論者は我人種を改良せんとするに洋人の血脈を吾人の体内に多からしめんとするものなれば即ち人種變更なり爰にルカス氏の白人と黄人との合の子は母に似ると云へる説に基き誠に日本の男兒と西洋の婦人と結婚して男子を産み此兒又更に他の洋婦と婚し此比例にて進まば年數二百八十年にして黄色人種の分子の減殺を來すものなり此割合にて尚數百年を經過せば黄色人種は全く其分質を止めざるに至る可し抑も此日本國は此現在せる我々人民の組織するものなれば純粹なる日本人が其働を以て國家の隆盛を致せばこそ日本人の面目なれ異人種の國と爲りては何程昌盛なるも何の光榮かあらん盖し宇内の事は優勝劣敗の眞理に支配せらるるものなり從來西洋人が宇内の各地に渉りて居を占むるに就て其地の下等人種は爲めに絶滅したるの事例あり日本人惡しければ絶えんこと致方なき次第なり又人間が此世の中に立つて万事を爲すは只我と云へる者の利益を計るが爲めのみ今の日本人種は吾人より見れば即ち是れ大なる我なり然るに今改良論者は此大切なる我を亡ぼして日本の隆盛を謀らんとす予其何の意なるを知らざるなり斯く云へばとて予は國土に戀々して云々するに非ず土地の如きは何處にても差支なし願ふ所は只我日本人の開化發達に在るのみ
以上加藤君の辨駁中先つ人種改良と云ふ其改良の文字は變更と云はねば穩かならずとの申分なれども元來改良とは變更に達するの手順なり改良の手順を重ねて或る部分の變換を屡々すれば遂には其物の全体をも變ずるものなり人種改良の目的にて數百年間雜婚を重ぬれば或は人種を變更する所もある可しと雖ども此間惡しきものより良きものに改まるの手數を稱して改良と云ふ何の不可あらんや此邊の言葉咎めは結局水掛論として姑く置き扨て君の説にて數百年を經過せば黄色人種は全く其分質を止めざるに至る可しとは餘り我儘の論法なり君は唯日本の男子と西洋の婦人と結婚し其兒が又西洋の婦人と婚する割合より推算したれども雜婚とあれば日本の婦人が西洋男子に婚し其合の子の娘が又西洋男子に婚することもある可し此塲合には君の例と反對にて二百八十年目に西洋人が日本人に化することならん此等は一偏極端の事例にして論外なれども雜婚盛に行はるれば日本西洋の男女種々に結婚して雜種を生じ雜種或は雜種と婚し或は純粹なる人種と結婚して詰る所人種の血脈を廣き區域に分布し人種を改良すると同時に其血脈を永傳することを得べし即ち日本人の血脈を一升と假定し之を西洋人一升の血脈に混ずれば一升は一升なれども其一升は二升の間に分配し日本人の血脈は日本國中に限らず外國までに傳播して日本人種の分子を増加するやも知る可らず此等の點に就ては余は唯君の再考を請ふのみ (以下次號)