「日本と米國との貿易」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「日本と米國との貿易」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本と米國との貿易

日本と米國との貿易は其地理物産等より考へて年々大に増進す可き筈なれども十數年來の實驗に於て人の耳目に留まる程の進歩もなきは日本商人が近眼にして對岸に北米合衆國あるを見ざるが爲めか、將た米國の有志家が内國の興業殖産に歐州諸國との大貿易に忙はしくして貿易上日本國あるを忘れたるが爲めか、孰れにしても兩國人の怠慢にして其通商上甚だ惜む可き事共なり今試に日本と英國との貿易表を見るに千八百八十三年(明治十六年)日本より英國への輸出高は四百八十三萬二千八百圓にして英國より日本への輸入高は千二百七十四萬四千九百四十四圓なり然るに同年日本より米國への輸出高は千三百二十四萬七千八百四十圓にして米國より日本への輸入高は三百十八萬七千百十四圓なれば英米兩國が日本に對する輸出入高は正に相反對して英國よりの輸入は輸出より多く米國よりの輸入は輸出より少なし日本との貿易上にて英米兩國の輸出入斯く相反する所以のものは自から事情もあることなれども詰る所米國の貿易家が日本の貿易に注目すること英國商人に及ばざるが故なりと云はざるを得ず米國の貿易家にして大に日本との通商を開かんとならば其國産の綿布毛布等を首として日本向きの品物少なからず或は日本の時好流行に注意して雑貨の販路を開くも可ならん又日本より米國への輸出品も少なからず例へば目下米國の各製造所にて使用する硫黄は重に伊太利産を仰く由なれども日本の硫黄は品質良好伊太利産の右に出づるのみならず其價格も頗る廉なりと云へば硫黄の輸出は貿易家の最も注意す可き所なり元來米國の貿易家が日本の通商を忘却するが如きは必ずしても忘却するに非ず米國より折角貨物を舶載し來るも日本中之れと交換す可きものを見ず交換なきが故に商賣少なく隨て歸路日本品を載せ去るの便利なきが故に日本との貿易に出精せざるものに非ずや左れば我日本商は百方盡力して米國への輸出品を調達し之れと同時に輸入す可き品物をも撰み例へば鉄道のレール其他の鉄具類は英國の專賣品として之れを擱き列車其他の附屬品等は之を米國に注文するも可ならん盖し我輩の宿論に於て我國の鉄道は別に体裁を飾るを要せず米國鉄道の簡便に傚ふて極めて實用を旨とす可しとの主意なれば其材料を米國に取るのみならず機械土工師の如きも亦之を米國に資るを可とす現に我北海道の鉄道は米國實業家の管理に成りたるの例もあれば今後の鉄道事業に於ても人と物とを米國に仰ぐこと甚だ便利なる可しと思はる兎に角汽船縮海の法にて日本と米國の其間は地理上にては半球の波を隔つれども一往一來の時日は半箇月を出でず此合壁の塲所に國して然かも互に交換す可き物産を抱きながら相對して大に利を語らざるは我輩の痛惜する所なり昨年中本邦駐剳米國公使ハツパード氏が來任の途次桑港に於て其意見を同地の有志家に示したる演説中にも米國人が日本貿易の利を忘れたるを説き日本の貿易は前途に望あり米國商人大に此間の貿易に從事せば今日の貿易高を二倍し三倍して兩國の大利益を起すこと難事に非ず云々の言ありしが如し即ちハツパード公使の言は米國商人の不注意を鞭策したるものなりと雖ども我輩を以て之れを見れば今日、日米貿易の振はざるは米國人の未だ人事を盡さざる所あるに因ると雖ども抑日本商人の怠慢其主原因なりと信ずるが故に我輩は我國の貿易家諸君が貿易不振の責任を其身に負ふて奮勵振作日本貿易の望あるを示し以てハツパード公使の言を未來に證することを企望して巳まざるなり