「遞信事務の改良」

last updated: 2019-09-08

このページについて

時事新報に掲載された「遞信事務の改良」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

遞信事務の改良

去年十二月政府の改革に於て農商務省に附屬したる驛遞局と工部省に附屬したる電信局とを合併し尚ほ其他に管船燈臺等の諸局を添へて新に遞信省なるものを設け其省の長官には榎本武揚氏がこれに任じたり驛遞電信の両事務を一人の監督の下に置くべしとは我輩が年來の持論にして屡々當局者の注意を喚びたることもあり今日斯く両事務を一に合して新に一省の起りたるを見てはこれを遞信事務の漸くに緒に就き漸く眞成の方向に進むの兆候なりとして喜ばざるを得ざるなり是に於て我輩又廣く日本國民に代りて當局者に望む事あり他なし遞信事務の改良是れなり盖し遞信事務中目下改良を要するもの必ず一にして足らざるべし例へば燈臺の如し全國五十所の燈臺これを無き昔しに比すれば固より其數の多く恩澤の四海に光被するを喜ばざるを得ずといへども試に地圖を繙いて日本諸島沿海線の長きを見燈光寥々暗夜航海者の危險尚ほ甚だ大なるを思へばこれを百にし又二百にするも尚ほ其不足を感ずることならん或は又管船事務の如し去年三菱共同両汽船會社を合併して一個の大日本郵船會社と爲し其營業上の損失は一切日本政府にて擔當し一千一百萬圓の株金に年八分の利益を與ふるまでは金額の多少に拘はらず補助すべしと約束したる以後日尚ほ甚だ淺しといへども後來の望みは兎角甚だ不定にして轉た益冷氣を覺るが如し此等の事を思へば遞信事務中進取と改良とを要するの事柄は必ず両手の指を屈するにも遑あらざるべしといへども我輩が今差當り當局者の注意を希望するものは電信と驛遞の二箇條なり此中に就き電信の如きは去年七月以來新條例を施行して未だ纔かに半年を經たるに過ぎず此條例中當初よりして我々國民が不便を感じ改正を希望するの點少なからざりしといへども其經歴の日數も未だ十分ならざる今日に於て早くも大に改正の議を唱んは事の成否を目的とせずして空しく辨説を悦ぶの嫌ひなきにあらず故に電信條例の改正は暫くこれを他日の談に讓り我輩は先づ爰に郵便條例の改正を希望するの次第のみを述ぶべし

驛遞總官野村靖氏は昨年三月葡萄牙リスボン府にて開設の萬國郵便聯合會議に列席する爲め一昨年七月を以て日本を發し凡一年半の時日を費して歐米諸國を巡遊し會議に列するの外に傍ら各國の郵便事務を視察して昨年の年末に至り始めて歸朝したり氏が各國の郵便事務を視察したるに付ては定めて種々發明したる所多かるべく或は今日まで完全無缺と爲したる日本の郵便法又其取扱方の細事に至るまでも却て不完全なるものたることを悟りたることもあらん我々が日本國内に蟄居して專ら日本の郵便法をのみ仰ぎ視てさへ不便の感情少なからず况んや廣く萬國の郵便法を目撃してこれを吾が監督する日本の郵便法に比較するの便を得たる野村氏に於てをや胸中必ず幾多の改良案を藏めて歸朝したるものに相違なかるべきなり我輩今一二我輩の意見を記して郵便法改良案の參考に供せんに

第一書状一通の目方其制限甚だ窮屈にして不便少なからず今の郵便法の如く二匁を以て一通の定量と定むるときは動もすれば此定量を超えて一通に四錢の郵税を課せらるるの難義を免かれんとて郵書を認むる者の苦心一方ならずこれが爲め成る丈け薄き紙を書簡箋に用るは先づ差支なしとするも目方を減ぜんが爲めに封筒までも成るべく丈け輕量脆薄の紙を用ひ遂に郵送の際封筒の破れて郵便當局者に餘計の手數を掛くるもの其例甚だ少なからずと聞く實に双方の損毛なりといふべし依て今よりは萬國普通の制限に倣ひ書状一通の量を四匁までと改めて然らん若し日本に限り特別の事情ありて四匁に増量すること能はずとならば目方丈けは是迄の通りにてよろしきゆゑ其代りに郵税を半減と爲し二匁に付一錢と改正すること相當ならん試に東隣米國の郵便法を見るべし日本に幾十倍する北亞米利加大陸を通じて書状一通目方四匁に付二錢の郵税なり■(くさかんむり+「最」)爾たる日本國西の極端より東の極端まで最長の線を引くも六七百里に過ぎず此彈丸黒子の地を往復するに四匁の書状に四錢を課するの法なりとありては必ず失當の謗を免かれざるべし

第二新聞紙郵送税の甚だ高く爲めに社會の不便を釀すこと少なからず目下新聞紙一枚の郵税は一錢にして二枚以上一束として送るときは目方十六匁に付二錢なり近來日本の新聞紙も追々直段を引下げ一枚の價一錢位のもの其數少しと爲ず然るに此一錢の新聞紙を送達するに更らに又一錢の郵税を要し遂に其市價をして元價の二倍にまで達せしむるに至るとは聊か異常の現像なりと云はざるを得ず然のみならず各種の新聞紙も追々其丁數紙幅を増したるより制限の十六匁中に二枚以上の新聞紙を容るること能はずこれが爲め格段の塲合の外は一枚つつ別々に郵送するも又は賣捌所などへ卸賣の爲め一束に數十百枚を郵送するも其郵税の割合は大抵皆一枚一錢位に當たるなり仮りに一市の賣捌所にて一日三百枚の新聞紙を賣捌くとすれば郵税として一日三圓の臨時費を要す毎日三圓の錢あれば大抵の仕事を企つるに差支なきがために近來は全國の新聞賣捌所にて新聞紙を運送するに郵便局を煩はす者なく皆廻漕問屋の手を經てこれを取寄せ數里數十里外の地までも自家の雇人をしてこれを配達せしめ尚ほ曩の郵便税を拂ふの時に比して入費少なきが爲め其分丈けは更らに新聞紙の賣値を引下ぐる等の事を爲し居れり自今若し郵便局にて新聞紙の配達を司らんとならば明治十五年十二月條例改正以前に立戻り當時一市内限り新聞紙を郵送するには一枚二厘五毛の帶封を用ひたるの制を復してこれを全國に擴むるより外に妙案はあるまじ

第三書籍類の郵税甚だ高く隨て全國文化の進歩に障害を與ふること少なからず今の郵便法にては書籍の目方八匁毎に二錢の割合にして且つ其全量は三百匁を超過するを許さずこれが爲めに尋常の書籍は其元價よりも郵税の方遙かに高き割合となり敢て其郵送を企つる者なし殊に近來の書籍は專ら洋紙を用ひて洋裝に仕立つるを以て其量目も和本流のものに比して頗る重きを加へ二三百枚の小册子にても其郵税は正しく二三十錢を要し少しく大部の書籍に至れば忽ち制限の三百匁を超過して初めより郵便に附すべからず是に於て近來全國書籍出版の流行するにも拘はらず世情に疎く金錢に豊かなる一種特別の人物の外は仮令一册の書籍たりともこれを郵便に出す者なく大に郵便局の事務を省略したりといへり誠に驚くべく歎ずべき事相といふべし我輩の私見を以て見れば書籍類の郵税は目方十六匁毎に五厘位に引下げ全量の制限は六百匁位に増して相當ならんと思はるるなり