「日本國の鐵道事業四」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「日本國の鐵道事業四」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本鐵道會社は早くその一千四百萬圓を利用すべし

日本鐵道會社は我日本政府より特別の保護助力を請ひ受けて成立つ者なり會社の株券は毎

區建築の落成までその拂込金額に對し年八分の利子を下附せられ、運輸の業を開きたる後

とてもその収入純u年八分に上らざる時は東京仙臺間は毎區十箇年、仙臺青森間は毎區十

五箇年我政府より不足丈の利uを補給するとの厚き約束もあり又官有の土地にして鐵道工

事に要用なる部分は無代償にて會社に貸與し、或は民有の土地家屋にして前同斷の用に供

する者は公用土地買上規則に基き一旦政府にて買入れたる上更に之を會社に拂渡すなど隨

分保護の優渥なる者と申すべし其代りに鐵道會社は明治十四年十一月より向ふ滿七箇年即

ち來る二十一年の十月までには東京より高崎を經て前橋に至り夫より白河仙臺盛岡を通じ

て青森まで日本里程凡そ二百里のその間に線路を敷設し運輸業を開かざる可らずとの責任

を日本政府に請合ひたるなり此保護並に此責任の事に歸しては我輩爰に何とも言はずと雖

ども鐵道會社が去る十四年の十一月我政府と特許條約を結びたる以來今年今月までにて殆

んど滿四箇年半に一箇月を缺くの長き月日を費し、同會社が其責任を果すべき殘餘の年月

は僅か二年と六箇月を餘りに過ぎたる次第なるに其實際同社の監督に成る鐵道工事は漸く

東京前橋間六十八英里、大宮宇都宮間四十九英里の線路往復を開きたる許りにしてこの外

品川赤羽間の十三英里を合せ日本里程五十四里を踰へず兎に角に七箇年にて成功を請合ひ

たる二百里の鐵道が四箇年半の今日に最初の約束の四分の一許り出來したりとありては此

後殘る二箇年半に殘る四分の三即ち一百五十餘里間の線路工事を見事に仕上り畢りて政府

に對して違約の罪を免かるゝことを〓てきや如何む甚だ不安心に堪へざるなり

我輩は日本鐵道會社内の事を知らず然れどもこの表面に顕はれたる事迹より見る時は同社

受負鐵道工事の遲緩極まるは日本人民が具〓せる明白の事實にして、事實の明饒は以て誣

ゆ可らず左らば其鐵道工事の捗取らざるは同會社に金の不足なるが爲めかと云ふに决して

然らず寧ろ外面より評する時は同會社はその工事を捗取らせざるがために可惜大金を遊ば

せ置くものと云ふも可ならん即ち同社の資本金は概算二千萬圓にしてその株金拂込は六箇

年十二回に分ち遲くも明る明治二十年の一杯に二千萬圓の正金は同社の手に入るべき勘定

にて今頃は二千萬圓の三分の二乃至四分の三は早や募集濟みとなりても然るべきに同社の

創立以來昨十八年の十二月までに拂込の總金高未だ六百萬圓足らずにて即ち總資本金の三

分の一乃至四分の一たるに過ぎざるなり然して同會社の株主たるものが實際金無くしてそ

の株金を拂込まざるに因るにと云ふに全く以て全らず苟も金をさへ拂へば其拂込の當日よ

り運輸開業まで、運輸開業より向ふ十箇年乃至十五年間は日本政府の保證あるが故に年八

分の収入は寐て待つべく安心と云ひ利割と云ひこれほどに都合の善きものは今の不景氣世

界にて他に多くある可らざるに因り彼の二千萬圓の株金を六年十二回のその代りに二年四

回、或は一年二回位に短縮して募集するとも申込人の即座に來りて滿員となること尚ほ中

山道鐵道公債の募集と同一の結果あらんは我輩の信じて疑はざる所なり然るに鐵道會社が

既に其工事約束期限の三分の二をも經過せんとする今月今日に際しながら鐵道敷設資金高

の僅か四分の一内外の拂込金を受けたるに止まりて、即座にも集まるべきその金を故さら

に株主の嚢裡に遊ばせ置くとは畢竟工事捗取らざるがゆゑに即座に金の入用を見ざるもの

と云ふより他に評もなきなり又これは別種の問題なれども鐵道會社がその受負工事を急が

ずして二百里七箇年の鐵道その期までに落成せざるやうの出來事もありとせば我政府は夫

れにても尚ほ線路開業まで八分の利子を補給する如き最と寛大の恩惠あるべきや實際の事

は兎も角、我輩人民の眼より見るときは責任を果たさずして保護にのみ浴せんとするは寧

ろ理の不當なる者と云はざるを得ざるなり左れば我輩は日本鐵道會社に勸告す早く一千四

百萬圓の拂込未濟豫金額を取聚めて同時に宇都宮以北青森までの鐵道工事を起し殘餘の二

年間を期して第五區までの運輸營業に着手する覺悟を定めざる可らずと盖し今日の日本鐵

道會社は金なきに非ずただ工事を遲緩に附し置くが故に差當り金の要用なき姿なれども一

旦大に奮て其工事を果たさんと欲せば一千四百萬の金は立所に鐵道事業に放資し去ること

實に易々たる次第なるのみ(未完)