「日本國の鉄道事業十四」

last updated: 2019-09-29

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時事新報に掲載された「日本國の鉄道事業十四」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

日本國の鉄道事業 十四

狹軌道は廣軌道に如かず

鐵道建築術の上に於て本位軌道を四英尺八寸五分と定めたるは如何なる原因を基にしたるものかと問ふに必ずしも深き學理に出でたるにも非ず唯英國最初の鉄道にこの四尺八寸の軌條を用ひしより尋で其他の諸邦までこれに倣ひ特に一旦この軌道の線路を作る上は機關車、客車等亦これに應じて大小相當の構造を要するの外に甲の線路と乙の線路と互にその軌條の廣狹を異にすれば列車の行通全く成らざる不便もあり一國内の鉄道軌條は總て同じ幅員を有すべきこと大切たるなり左れば塲所に由り都合に由りては其幅を五英尺以上にするも苦あらず現在英國大西鉄道會社に於ては七英尺又荷蘭の或る會社に於ては六英尺の軌道を築造せし例もあり次に狹き軌道の例としては曾て米國のメイン州に於て二英尺以下の軌道を作りたる事實もありて幅員の廣狹は一ならずと雖ども鉄道世界全般の經驗に隨へば彼の四英尺八寸の軌道こそ最も工合克く、最も便利多く遂に本位軌道の名を冒して西洋文明の諸邦概ね此の線路に〓らざるなしと云ふ歐羅巴に於ても例ば瑞典、諾威等〓〓の地に於ては嘗て彼の狹軌道の鉄道を建築し又英國にてもフエスチオツグ鉄道又普漏西にてブルールメル鉄道、墺地利にてラムパツヒ、グムンデン鉄道並に露國の二三鉄道に於ては孰れも狹軌道の線路を布設したることもありしが今日にては此等の狹軌道線は追々減少して漸く迹を絶つの有樣とはなりたり

爰に狹軌道線路の利益なりと云ふ次第を述べんに第一の考へは建築費の低廉なりと云ふ一條なり狹き軌道なれば往來街道の片端をその儘に利用してこれを布設することも出來易き道理にして或は地方の状況により鉄道の需用はあれども資金に不足なるより遂にこの狹軌道〓〓を〓るもあり或はこの線路は本線に非ず又延長數〓〓〓も捗らずして僅々五里十里間を限り他の一般の〓〓〓〓〓車の互連を許さざる變則の塲合なれば随分〓〓〓の〓〓にて不可〓かるべきも方今の文明世界に〓〓〓〓〓〓〓格外れの交通器具は追々生存を得ざる〓〓〓〓〓〓〓〓に至るは自然の數なるが如し例へば〓〓にて〓〓〓軌道の線路を敷きたるときの考へには途中海を渡るの關門ありて外國より來る鉄道列車は其儘に國内に入込能はず、其所にて一旦荷を下し客を下して更に對岸に舟渡りして鉄道の乘替を爲すこと實際巳む可らず左すればこの先きの新線をば狹軌道にして差支も無からんと斯くはこれに決せしなれども文明器具の鋭利なる、今は人類進歩の途上に横はるばき天爲の山も又川も見ざる勢にして一帯の海峡架するに鉄橋を似てせざるとも、運送渡船の便あらばその儘列車を對岸に送ること容易なるが故に復た從前の如く荷物の積替、旅客の乘替に途上無益の手間費用を潰すを須ひず隨て彼岸の線路なりとて狹軌道になし置ては不便不都合も極まるにより是非にこれを廣軌道に變せざる可らず即ち今日歐洲の諸邦に狹軌道線路の次第に減縮し追て全滅の運びとなる所以なれども若しこれに反對し土地徒らに廣漠にしてその全國に列車交通の脈路通ずるほどの必要もなく、加ふるに人口稀少にして旅客の數乏しく運送貨物とて多量に非ず又急速をも要せざるが如き未開國新開地に在ては一時の權道より狹軌道を用ゆるの例もあるなり即ち亞米利加にても南米或は中米の邦國若くは印度内地の鉄道、濠斯太利諸殖民地并に露國内部の或る地方に於ては今も尚ほ狹軌道の線路を使用すると云へり

鉄道の事業論中その議の最も紛紜たるは右廣狹兩軌道の得失論なり其趣を喩へて言はゞ貨幣に金銀の両本位ありて或者は金を是とし或者は銀を可とするが如く双方の議論を別々に聞くときは双方の申す所孰れにも一理ありて容易には打消し難しと雖ども議論は暫く擱きたゞ單に世界通貨の大勢より論ずれば文明諸邦は金を使用し未開諸邦は銀を使用し、金銀通貨の區別に由りて其國を左右に併ぶるときは金國は文明國にして銀國は未開國なること事實の上にて爭ふ可らざるの觀あるが如し中には國によりて金銀両貨を併せ用ひてこれを複本位など稱すと雖ども事の大体より視るときは金國に於ては銀を補助となし銀國にては又金を補助となすの實なるを免れざるなり今の西洋諸國の鉄道も亦これに均しく一般廣軌道を稱して本位軌道とはなすなれども或る特殊の事情を限りて臨時に狹軌道の線路を補助鉄道となすこともあり廣狹の両線必ずしも一に畫して一を廢すべしとは斷言し難しと雖ども近時學者の言葉にも其國通貨の金なり銀たるは國の營業の模樣を表し鐵道軌條の廣たり狹たるは國の交通の程度を示すとありて我日本國將來の鐵道も之を廣軌道に變更するか將た今日の儘、他の未開諸邦と同じく狹軌道に依然安息して日本國中の脈絡をこれに托さんと欲するかに至りては日本文明分け目の大事業にして當局者も大に爰に注目する所無かる可らざるなり我國の鉄道事業が此十五年間に僅に三百英里足らずの捗取りをなしたるは國の文明の爲めに甚だ慨嘆の至りとは思ふなれ共現在の狹軌道を變更してこれを廣軌道に改むる點より言へば申すさば不幸中の幸にして一〓悉くこの三百里を廣軌道となし而して今日以後新に着手せんとする本線幾千英里の鉄道を擧げて本位軌道となすこと盖し亦無造作ならんのみなり區々たる三百里の既成鉄道に誤まられて將來に全國幾千里の鉄道までもこれを狹軌道とななさんなどと云ふ如きは最小近事の爲めに文明永遠の大事業を誤るものと評すべきなり (未完)