「日本國の鉄道事業 十七」
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時事新報に掲載された「日本國の鉄道事業 十七」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
米國鉄道の營業費は決して不廉ならず
米國鉄道の建築費用は廉にして且つ危險の度の寡なき次第は前數節に於て既にその大略を述べたるにより次に議論穿索の順序として然らば米國鉄道の營業費は何如なるものか縱へ建築費の項に於ては儲けありとも若し營業費の意外に嵩みては差引計算の後折角に廉き建築費も營業費不廉に押されて却て損失となる虞なしとも云ふ可らず鉄道事業にも不案内なる我輩なれども苟くも日本の鉄道と米國風に模倣すべしと主張するからには多少この邊の勘辯も無かる可からざるの道理にして事實米國鉄道營業費の他國よりも多きことは我輩決してこれを匿さず有りの儘に明言して少しも憚る所あらざれども而かもこの多しと云ふ多量の度は亦甚だ僅少にしてこれが爲めに工費の低廉なる利uをば蔽ふに足らざるなり昨年十二月十二日發兌のレールウエー レヴヒーに亞米利加工師協會會議の始末を載せたる項中に左の一節あり即ち英米二邦の鉄道比較論なり曰く
前略、英國鉄道一英里間の建築費用はこれを英國の鉄道に比して三倍以上の高値に當れ ども更に毎年の營業費用を比較するときは英國の發達は米國に比して値に八分の費用を 節し得るに過ぎざるなり言葉を換へて之を顯はせば英國の鉄道は營業費に十二分の一( 即ち百に付き八)の節儉を行はんが爲め建築費に於て米國よりも三倍以上の損失を招く 者なり又右の外に線路の保續方機關車の入費或はゥ車の修繕費に就き夫々兩國鉄道の費 用を對照したらんには一層米國鉄道の利uを明示するに足るなり蓋し此等の費目中、九 割以上の部分を占むるものは人夫の費用、薪炭鉄、鋼鉄のゥ項なるに千八百八十三年の 調べにては此ゥ項の費用は英國に比して米國の方不廉なること二割五分なりと云へば其 實、米國鉄道の營業費用は人夫材料の爲めに餘計の金を失ふものなり若しもこれ等の差 引を附け双方互に同じ位置に在るものと假定したる後ちに其營業費の割合を比較したら ば米國鉄道營業費の英國よりも廉なること推して知るべき理なり畢竟米國の鉄道は斯く 便利の位置に立ちながらも旅客の賃金竝に貨物の運費は英國鉄道に比して大に低廉たる なり云々
右のゥ説に由て見るときは米國の鉄道は其營業費も左まで不廉なるに非ずして建築費に至りては他國に比して頗る廉なるが如し何れにも其外見の裝飾を省く等の故を以て然るものならん、文明社會の事には裝飾も甚だ大切なりと雖ども國の貧富、事の緩急もあることなれば我輩は枉げても米國風に從はんと欲する者なり鉄道營業費の中には二樣の區別あり一を修繕費と云ふゥ車家屋、橋梁、線路その他一切鉄道器具の保存維持に關するもの、二を運轉費と稱し列車掛り竝に各停車場掛りの給料その他一切の汽車運轉に關する雜費を包括するなりこの事に就き議論の證左を取らんが爲め榊原浩エ氏著鉄道經濟論の中より拔きたる一節は下の如し
營業費割合表 割分、厘毛
ゥ車修繕 一七、九二
家屋修繕 二、四二
垣及び踏切路修繕 八一
橋梁修繕 二、六一
線路修繕 二〇、〇一
ゥ道具竝にゥ機械修繕 一、六四
以上修繕費 四五、四一
薪炭費一 一三、六一
脂油竝絲屑 一、三一
出店手代給料 、八四
ゥ帳簿竝に印刷物費 、七八
列車掛人給料 一三、〇九
各停車場掛人給料 一五,三四
一般事務費 一、二二
借地借家税 、三三
紛失竝損害償却費 一、五二
雜費 一、四九
營業税 五、〇六
以上運轉費 五四、四九
營業費 一〇〇、一〇〇、〇〇
前表に據れば鉄道營業の費目中に重なるものは線路の修繕第一にして次にゥ車修繕次に停車場掛り役人の給料次に薪炭費次に列車掛り役人の給料にして其他の費目は數ふるに足らざるゆえこれを省き以上ゥ費目中にて入費の最も嵩むものは勤勞費なること素より論を待たず蓋し薪炭軌條木材等の價格も僅少にはあらざるべけれどもゥ車線路の修繕には職工役夫の賃金第一の巨額を占むるを以て米國の如き人一日一弗の賃金を常とする邦國に於ては營業費の隨て揄チする實に已み難き次第にはあれども給金の廉なる日本人をこれに差替へて更に米國風に鉄道の業を營むものとせば其費用のこれに準して低廉なる可きは當然の事ならんのみ(未完)