「日本國の鉄道事業 十八」
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時事新報に掲載された「日本國の鉄道事業 十八」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
鐵道事業には利u無かる可らず
利の在る所は即ち業の擧る所なり鐵道事業は如何に文明立國の基礎とはいへ若しその事にして利なしとせば人誰か物好きに可惜大金を投じて顧みざるの愚を學ぶべき唯夫れ鐵道の業は利u多し、是を以て世界の人相爭ふてこの資金を之に放すことにして歸する所は利uの一點に過ぎざるなり聞く方今全世界の鐵道延長は大數二十六萬四千英里にしてこれに元入したる資金の總額一百三十二億弗を下らず即はちこの大金は鐵道あつてこの方た五十年の其の間だに四方よりこの業に投入したるものにて今これを世界萬國の國債總額大數二百七十億弗に比すれば殆んどその半に當るとぞ、言葉を替へて言へば世界各國の政府が數百年來のその間に或は外國戰爭を開き又は内閣改良を始むる等の目的にて募集せしこの大金額に對し僅々五十年間に單に鉄道といふ一事業に更に新に此額の半數を占取したりと云ふに至りては寧ろ驚くに堪へたるの次第にして畢竟は鐵道に利u多きの致す所なりといふ可し(この調は一昨年出版の米國政治大典に據る)この中に就て米國の鉄道資本は大數七十三億弗の多きを占め(千八百八十二年の計算)これに生ずる一箇年の利u配當金五億弗即ち年七分以上の割合なりと聞けり蓋し鐵道事業に利u多ければ多きほどに鉄道資金に輻輳し來て倍々線路の延長を促すは經濟自然の働きにて若し或る國の鉄道營業薄利なりと云うふあるに當りては世の資本家たる者は必ず其手を引去るべく隨て鉄道事業は最早其國に廣まる能はざるなり是に於てか政府始て之に干渉し或は私立の鉄道會社に一年六分乃至四分の利子を補給し又は政府自ら國庫金を投じて直接に鉄道布設竝に營業をなす等の始末に立至る、詰まる所はその國の鉄道營業薄利にして私立の會社乃ちその薄利を冒すを恐るゝに坐するのみ是を英國又は米國の鉄道會社は重に政府よりの保護を受けず獨立獨行してその体面を全うするに引替へ露西亞その他の各國にて官立官行の鉄道甚だ數多き所以たるなり
左れば日本國の鉄道を擴張するに付けても先づ第一に記臆し置くべきは營業利uの大小にして更に我輩の見る所を以てすれば世界中利uの多き鉄道事業は米國の右に出る者なからんと信ずるなり昨年八月刊行の倫敦經濟雜誌に據れば一昨年英國ゥ鉄道會社純收入が其拂込資本に對するの割合は四分二九、一昨年は同く四分一六とあり今これを米國の平均七分乃至八分の利潤に比べるに殆んど半數と稱して可なるほどの相違あるは他に樣々の原因もあることならんが畢竟は米國の鉄道は建築費廉價にして資本多きを要せざるゆえ隨て純u配達十分に饒かなることと思はるゝなり今こゝに參考の爲め英米二邦に外左の數國の利u配當金を掲げて讀者に示さん
年 日耳曼 墺太利 荷蘭竝に日耳曼鉄
匈牙利 道同盟に加入したる其他の國々
分
一八八二 四 七二 四、七〇 四、五三
一八八三 四、六三 四、七六 四、九〇
右の内日耳曼鉄道の利uは次第に減少の傾きありとす即ち千八百七十九年には全國平均の配當利割年五分四一なりしものが前記の通り八十二年には四分七二その翌八十三年には又四分六二となるは同國の鉄道倍々官有官行となるの結果ならんといへり此事に關しては我輩他に意見もあるが故に進で開陳するの機を待つこととなし歐州鉄道の利uを通常四分、五分の間に出入する者と看て事實の計算には大相違あらざるなり然るに米國の鉄道營業は之に反して平均七八分の利uを生じ時としては又一割以上の配當を爲す向も尠からず例へばバルチモーア エンド オハヨー鉄道の如きはその線路崎嶇たる坂地を經昇りて中々の難場を通るものなれども營業の利uは少からずして年一割の配當をなすよし昨年十二月發兌の鉄道雜誌にも明記しありたり又たペンシルヴァニヤ鉄道會社といへるは世界最大一の鉄道會社にして其資本金は凡そ一億五千萬弗、既開線路三千英里以上を有し一箇年の收入三千萬圓以上に上る者なるが同社配當の利割は去る八十一年が年八分、八十二年が八分五厘八十三年が同く八分五厘なりしと聞く特に米國鉄道の他に擢んでゝ著しきは純然たる獨立の私社にして政府より年八分七分などいふ保證利子をも請受ず唯自力自働にて年八分乃至一割の純利を稼ぎ出すとは大に称賛すべき事にして彼の日耳曼等の鉄道は直接に政府の管理に屬せざるものにても尚ほ間接には概ね政府保護の恩に浴するとは甚だ男氣のなき話にてこれを米國鉄道會社の獨立獨行するに比すれば亦格別と云はざるを得ざるなり日本にても未だ純粹の大私立鉄道會社を見ず今の日本の鉄道會社は我政府より年八分の補給利子を請受けたるものにて昨年下半期の決算を閲するに該社眞正の純利は凡そ六分強にしてこれに政府の補給利子を足し年八分の配當をばなしたれども之を米國私立の鉄道に比すればその間大に懸隔あるを免れざるなり但し我輩は今の日本鉄道會社を捕へその創業の際をも顧みず故さらに喋々して咎めんと欲する念もなく亦英獨墺蘭諸邦鐵道の薄利を罵詈する
ものにも非ずたゞ日本にて鉄道事業の髏キを圖らんと欲せば須らく利を以て之を誘ふこと大切にして利uなきの事業は所詮擧がるべきの見込も無ければ彼の利u多き米國鉄道の營業を我日本國に移して大に鉄道の擴張を計畫するの必要を世と與に知らんことを祈るものなり(未完)