「日本國の鉄道事業 十九」
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時事新報に掲載された「日本國の鉄道事業 十九」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本鉄道の乘車賃は甚だ不廉なり
鉄道の要は運輸交通の途を便にして人間事物の氣脈を開通せしむるに在ること勿論なれども若しその運賃の非常に高くして人も物もこれに交通を依ョする能はざるの有樣ならば鉄道ありと雖ども鉄道の用は即ち無きものと云ふて可ならん今假に東京濱間の鉄道に就て言はんならば兩所十八英里の鉄道旅客賃金上等一圓、中等六十錢、下等三十錢、決して廉なりとは云ふ可らず又日本鉄道會社の線路、東京の上野と高崎との間六十三英里の運賃上等三圓五十錢、中等二圓十錢、下等一圓五錢にしてその他各停車場間の運賃は概ねこれに準するものとして別に言はずこの外官設鉄道にて關西の鉄道は京濱間の鉄道とその種類を同うするものなれば別に取て論ぜずと雖ども北海道の鉄道はこれと獨立にて米國人の手に成りたる工事ゆえ其類の別なるを幸ひにその運賃を掲げん即ち幌内手宮五十六英里の間にて上等二圓二十錢、竝等一圓六十錢にして別に下等の設けなし我輩は右の乘車運賃を英米その他ゥ邦運賃に對比して今の乘車賃の甚だ不廉なる次第を訴へんと欲するなり
上等旅客毎一英里運賃比較表
錢
土耳古 五、六六
日本京濱間官行鉄道 五、五五
同日本鉄道會社鉄道 五、五五
同北海道鉄道 三、九二
西班牙 四、〇八
佛蘭西 三、八八
墺地利匈牙利 三、六九
伊太利 三、五〇
葡萄牙 同 上
荷蘭 三、三〇
丁抹 同 上
瑞典 三、〇四
英國(上等中の最高運賃) 五、〇〇
英國 三、一一
日耳曼 同 上
瑞西 同 上
露西亞(最高運賃) 三、一〇
露西亞(最下運賃) 二、四五
希臘 二、八二
米國(上等及中等平均) 二、四五
諾威 二、三四
白耳義 同 上
右の表は千八百八十二年中或る佛國統計學士の手に成りたるものへ更に我輩が日本國鉄道上等運賃の割合を附け加へしものなりこの表に據て見れば世界中諾威白耳義兩國の鉄道を除けば米國ほど鉄道運賃の廉價なる國あらざるや明なり而して右表に掲げたる邦國の中にては土耳古を除き日本ほど運賃の不廉なる國も他にはこれ無きを知るべし
凡そ鉄道運賃の廉なるは建築費營業費の廉なるが第一の原因にして次で又事務取扱の方法に煩簡迂便の差あるより大にその割合を異にするは自然の勢ひならん畢竟米國鉄道運賃の廉なるは前既に記せし如くその建築費營業費の廉なる外に別に鉄道事務取扱人の熟練伎倆の巧みなるに由るは深くも説明に及ばぬ事なり又諾威邊の鉄道は重に狹軌道のものなるが故に建築費の割合も自然に少くして隨て運賃の安き其故なきあらずと雖ども事の大体に就て論ずれば米國ほど鉄道線路の長く、また米國ほどに鉄道に比較して人口の少き國なきに而かもその運賃の低廉なる殆んど世界第一なりと云ふ事實あるに至りては日本の鉄道も悉皆之を米國風に則るを必要とす尤も彼此地を異にし又事情を別にする丈の餘裕をば引去るとしても尚ほ運賃の廉にして旅客一般の便u即ち人間事物の氣脈開通の端となること復た爭ふ可らざるの事實ならん論者或は言はん鉄道運賃の不廉なるは其建築の善良なるに因ると此言も一理なきには非ざれども建築の善良若し果して眞に運賃不廉の原因ならば日本又は土耳古の如き未開國の運賃斯くも不廉なるは抑も何如なる理由なるか我輩の敢て解釋に苦む所なれども本論の主意はたゞ日本鉄道の不廉なりと云ふことと世界中にて運賃の最も廉價なるは米國なりと云ふ兩事實を掲げ日本にても大に運賃を廉くし以て乗客の數を揩ウんとならば須らく米國風の鉄道建築に則り又米國風の鉄道營業を學ぶべしと勸告する丈に止まり今の西洋ゥ國がその運賃の高低を定むる目標習慣等の事に就ては今暫らく之を説くの勞を辭せんとするなり(未完)