「日本國の鉄道事業 二十」
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時事新報に掲載された「日本國の鉄道事業 二十」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
貨物の運賃も亦低きことを要す
鐡道は獨り旅客往復の便を爲すに止まらずして貨物運輸の業の利u多きこと西洋諸國鉄道の常なり故に旅客より入る所の收入と荷物より入る所の收入とを區別してその多寡を比較すれば荷物の收入は遙かに旅客の收入に優るの實ありとす例へば英國に就て之れを證せんに去る千八百八十四年中英國諸鐡道會社の收入金中旅客賃錢と貨物運賃とは
旅客賃錢 一五〇、一五二、二五〇弗 甲一、〇〇に付
貨物運賃 一八八、三五二、九五〇 乙一、二五の割
英國の鐡道は西洋中にて貨物の運送旅客の往復よりも割合に少きものゝ一なれども尚ほ貨物運賃收入の旅客賃錢收入より多きこと二割五分以上に上り次に米國の鉄道に至りては我輩の最近の確報を得る能はざるが故遺憾ながらアメリカン ポリチカル サイクロベヂヤに據り千八百八十一年中の割合を抜萃してここに掲げん素より五箇年以前の統計なれば今日の實際とは多少の趣を異にする所もならんかなれども其大体、鐡道の收入は乗車賃よりも重に運搬費に關すとの原則丈は十分分明なるべきなり
旅客賃錢 一七三、〇〇〇、〇〇〇弗 甲一、〇〇に付
貨物運賃 五五二、〇〇〇、〇〇〇 乙三、一九
然る處日本國の鐡道は事甚だ奇にして恰もこれと反對の觀を呈するの實ありと申すは明治十六年の計算に
官設鐡道旅客賃錢 一、二四〇、一九〇圓 甲一、〇〇に付
貨物運賃 三五二、九七四 乙 、二八
私設鐡道旅客賃錢 二二二、五五五 甲一、〇〇に付
貨物運賃 六九、一八二 、三一
以上の諸表に付て見るときは旅客貨物收入の割合は英國は旅客收入を一として貨物のこれより多きこと二割五分、米國は同く二十一割九分即ち米國鐡道の收入中其八割は貨物運賃の揚高なるに日本國は丸でこれと相反して旅客の賃錢は六割以上を占め西洋鉄道一般の常態に格外れを表するは畢竟日本には西洋ほど運搬の貨物なきに由る次第もありその他尚ほ二三の小原因はあらんなれども大体に就て論ずるときは日本鐡道の貨物運送は格外に不廉なるがその主因なりと斷定せざるを得ざるなり昨年の夏中東京商工會調査報告に據れば横濱より東京へ向け鐡道にて貨物を送ると又船廻しにて送るとにては其費用三と一との割合なり即ち鐡道にて運搬すれば費用に百圓を要するものが船廻にすれば三十三圓にて用足り殆んど六十圓の節儉となる勘定なれば至急を要する品は兎も角、尋常一樣の大荷物なれば僅か一兩日を遅れたりとも売買取引に相違のある筈もなく歸する所六十圓金を活して之れを他に利用するを得べしと云より大抵の貨物は海路に由るとなりこの一例にて見るも東京横濱間の鐡道收入は専ら旅客の懐を仰いで貨物の運費を攫む能はざるの事實は明かならん明治十六年度の計算によれば京濱鐡道の收入中、旅客の賃錢は四十七萬〇四百十八圓にして荷物の運賃は僅々六萬五千七百九十二圓即ち總收入額の中、旅客は八割八分荷物は一割二分の運費を拂ふものにして斯くも荷物運賃額の輕少なる所以は顧ふに横濱は貨物鐡道運費の不廉に恐れて多く海路東京に出入するに因ならんと思はる
昨明治十八年中東京横濱間の荷物運送表を見るに左の如し
仕出所 荷物個数 斤量 賃錢
新橋 六八六、九一四個 二七、一八九、二八九斤 一九、五一六、円九二〇錢〓
横濱 四四八、二二〇 四五、九五〇、一六四 二二、〇九四、一六〇
神奈川 一三九、〇六四 六、四四四、六八六 四、四一九、六九〇
合計 一、二七四、一八九 七九、五八四、一三九 四六、〇三〇、七七〇
右の中横濱仕出の荷物は途中他の停車塲にて積卸しなくその儘に新橋に來り新橋仕出の荷物も又同くその儘にして横濱に向ひ去り神奈川仕出の荷物も同樣にして又新橋に來り他の停車塲に於ては一切出し入れなきものなりと聞けり(こゝに云ふ荷物とは大荷物の謂にして手廻り又は小荷物はこれに屬せざる者と知るべし)依て今新橋横濱兩所仕出の荷物合計七千三百十三萬九千四百五十三斤を取て鐡道積荷法日本斤量一千六百六十八斤と一噸として計算すれば四萬三千八百四十八噸となる即ち此の噸數と東京横濱間十八英里の數とりて兩所の運賃收金四萬一千六百十一圓〇八錢を除するに一噸一英里の荷物運賃は平均五錢二厘七毛に當る甚だ不廉の相塲にしてこれを米國の鐡道に比するにその間實に大相違のあるを見るなり今米國ペンシフヴアニヤ鐡道會社千八百八十三年度の報告書によるに
平均貨物一噸に付一英里運賃 八厘一毛強 一、〇〇に付
此の内 費用 四厘八毛 損 五割八分
純u 三厘三毛 u 四割二分
平均旅客一人に付一英里運賃 二錢三厘七毛 一、〇〇に付
此の内 費用 一錢七厘 損 七割
純u 六厘七毛 u 三割
右の如く荷物の運送は損五割八分、u四割二分にしてこれを旅客の運送に比較すれば純uの割合は甚だ高きものと云ふべきなり但し我輩はこれを見て京濱間の鐡道賃錢は法外に不廉の價を貪るものなれば大に之を引下げよとて唐突の議論に人を苦むることを喜ぶものに非ず只今日の日本鐡道策を講ずるに當りて目下の如き運賃の不廉にては誰も荷物を鐡道に托する者の無かるべきが故に斷じて米國の鐡道營業法に模し大に運賃を引下げて更に裏面より利を射るの計畫を爲すべしと勸告するなり(未完)