「日本國の銕道事業 二十三」
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時事新報に掲載された「日本國の銕道事業 二十三」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
日本政府の銕道政畧を聞かんことを望む
一國の政府が其政務の重大なるものに對して一定の主義方向を採り國民をして向背する所を知らしむるこれを政略とは申すなり外國と交際するに付てはこれを外交政略と唱へ内國の政事に關しては之を内治政略と稱するなど孰れも政府の主義方向を一定するものならん然るに近時西洋諸邦にてこの政略の字に新規の名稱顯はれて世人一般往々これを口にするに至りたる者ありと云ふは銕道政略と唱ふる新政略の事なり今日の如く銕道線路、國の盤面に蛛網を張るの勢となりては鉄道事業は實に社會の事物中最大最要のものとなり即ち政府より視ればその内政中、重大なる政務の一たるが故に西洋諸邦の政府に於ては孰れも銕道政略なるものを確定して以て此銕道事業に當るなり左れば日耳曼の如く政府が民行の銕道を買上げ追て全國の總路線を官有となし布設運轉總て政府自身にこれを行はんとするは是れを日耳曼政府の銕道政略にして次で佛朗西の如きは政府自身に銕道事業を營まんとは爲さざれども銕道會社に對しては孰れも保護干渉を加へてその趣を半官半民の姿にするは亦是れ佛朗西政府の銕道政略にして日耳曼の政略とは大にその實を殊にする所あるなり又英米二邦の如きは人民随意に銕道を布設し官の干渉を仰ふがずして獨立の營業を爲すが故政府のこれに對する關係も僅か二三の管理規約に止まりて他は悉く銕道會社の自由に放任し置くは自から是一種、英米二政府の銕道政略たるなりこの外白耳義なり伊太利なり孰れも自家特色の銕道政略を有せざるはなく互ひにその政略の色をば異にすと雖どもその實は唯大に文明交通の便を其社会に與へんと勉むるものならんその政略の利害得失に至りてはその論種々に分れ孰れも不完全を免れざるものなれども兎に角に一國の政府として確定の銕道政略ある丈は有繋は文明國の本色なりとして賞揚せざる可らざるなり
日本にては明治五年鉄道第一の期限以降明治十九年の今日に至るまで未だ我政府に鉄道政略なるものゝありしを聞かず又其迹を見ず要するに鉄道の一事は邦家文明の骨子根本たるにも拘はらず從來官民共にこれを度外に放棄し置きたるなれども今日の時勢に會しては鉄道擴張の論漸く世人の注意を惹き來り鐡道に向ては一人として非の字を唱るなきに至りたること日本國の爲め大慶至極と云はざるを得ざるなり日本の鉄道事業追々その歩を進むるの運びにも至らば我政府はこれに對し如何なる政略を以てその處置を爲すの意なるやこれ日本社會全体の利害に關する緊要の問題なれば苟も鉄道に重きを置くの人は皆なその政略の所在如何を知らんとするなり例へば我政府が日本鉄道會社に年八分の補給利子を下附して同會社に線路布設、營業運轉の自由特許を與へしからは此上又東北鉄道會社と云はず信越鉄道會社と云はずその他各地の私立鉄道會社にも同一樣の自由特許を讓與せらるゝの意なるか將に日本國の鉄道事業は例の日耳曼風に摸して政府悉皆これを管理し私設私行の鉄道を許可せざるの見込なるか又或は政府の意は右の如く窮屈ならずして今後將來、東海道なり山陽道なりその他の各所随意に私設の鉄道を許すに在るか其政略の存する所は孰れにしても差支へなきに似たれども同じ日本の國民にて與に鉄道の利害休戚を感ずと云ふ我輩の情より訴ふるときは又大に願意の筋なきに非ずたゞ今日の如く日本政府の鉄道政略の不判然にして全國の鉄道官行とも限らず又私行とも限らず私立は會社許さるゝが如く又許されざるが如く茫乎としてその邊を窺ふに由なき時は鉄道の爲め力を致し資金を投ぜんとする者までも逡巡躊躇して岐路に迷ふの憾なきを得ず左りとは又我政府の趣意にもあるまじければ一刀兩斷、早く鉄道政略の所在を公示し人民に其の據る所を知らしむること極めて必要と信ずるなり我輩は今日まで政府の鉄道政略を知る能はざりしを憾みず又その確定なかりしことを怪まず即ち日本にはこれまで鉄道事業と稱すべきほどの鉄道あらざりしなれば隨てこれに對する一定政畧の有られ得る筈もなく、申さば昨日までは渾沌草昧の樣にて經過し來りしなれども最早今日となりては國民中誰として其布設の要を感ぜざるものなく加ふるに實際の工事着々歩を進むると興に我政府に於ては鉄道局を内閣の直轄となし追て大に其擴張を計らるゝの色合も見ゆるなれば我輩が今に及んで早く我政府の鉄道政略を聞かんと欲するも無理の要求にはあらざるべきなり尤もこの政畧の儀に關しては我輩聊かその意見を有するがゆへ他日機を見て開陳することとなし事實今我輩の希望を括くれば日本の鉄道は獨り英と云はず又米と云はず孰れにしても早くその擴張を見るを得ば滿足この上なきことなれども細に實際に入て論ずるときは自から其間に取捨揀擇の必要あるを免れずこれ上篇來我輩の意見を陳述せし所以なり（大尾）