「東京市區改正の方案」
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時事新報に掲載された「東京市區改正の方案」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
東京市區改正の方案
東京市區改正案は法制局の審議を了りたる後時日を遷さずして發令の沙汰あらんと聞きた
るより最早幾十日を經過したるやう覺ゆれども今日まで未だ何等の發令をも見ざるは我輩
の甚だ遺憾とする所にして東京市中到る處に甚だ待遠しとの歎聲あるは至極尤もの次第な
るべし明治十七年十二月時の東京府知事芳川顯正氏が市區改正の事に關し政府に上申した
る次第に世に公然たりし以來は東京市民の耳目專ら此一點に集まり早く其方案の確定せん
ことを望み又其確定方案の公示を望まざるはなし地面を所持する者は謂へらく改正市區中
に於て我持地の宅地に屬すべきや將た道路敷地に屬すべきやを知らず今より何樣にか資本
を下すことあるも不日改正の時に當り其事の全く徒勞徒費に屬し忍はざる損失を蒙ること
あるやも知るべからずと家屋を所持する者とても亦同樣の考にして不安心千萬決して輕卒
に手を下すこと能はず依て皆先づ何事も中止して事の定まるを待たんとせり左れば今回市
區改正の中央本據たるべしとの風説ある日本橋區京橋區神田區邊にては地價下落すれども
地面を買はんとする者なく廉價の賣〓〓〓ども買人なく商店倉庫を新築せんとて既に其圖
面〓成就しあれども更に普請に着手する氣色なく唯でさへ數年來の不景氣の爲めに東京市
中すべて火の消えたる如き有樣なるにかてゝ加はへて市區改正の方案確定までは不動産に
關する一切の事業當分見合せとなりたるより工人職人の無職業にして衣食を得るに苦しむ
こと實に驚くべき程の有樣あり當局の人々は宜しく大に爰に注意して改正の方案を一日も
早く市民に公示せんこと我輩の切に希望する所なり
東京市民は市區改正案の公示を得ざるが爲めに土地又は家屋に屬する永遠の事業にはすべ
て手を下すこと能はず隨て富人貧人一樣に實に困難を極むるの事實あるは我輩の甚だ氣の
毒に感ずる所なるが此外市區改正着〓〓〓〓事に聽し市民の大に苦慮する所は折角改正の
〓に〓〓〓〓市區内の却つて大に衰微する恐れはなき〓と〓〓〓〓に其〓〓所に依るに大
に市區を〓〓して〓〓〓〓〓〓〓廣くし〓〓〓を鑒〓にし完全なる用水〓を通〓惡水〓を
罷し瓦斯管を埋め家屋は一切石煉瓦の類をもちいゐて焼き家の建築を許さずとして立派に
東京を改造しこれぞ日本帝國の首府なりと他人に示して耻かしからぬものを爲すは固より
愉快の事なれども煉瓦は家を建築するの費用は木と泥との家を建築するの比にあらず家屋
の既に高價なるが上に改正一切は諸便利を利用するの價として居家諸人費の増すべきは無
論の事なるがゆゑに市區内に一戸を所持するの費用は從前に比して必ず大に増加すること
ならん斯くなる上は下等の人民等は市内の住居迚も叶はず市外邊鄙の地に居を轉ずべく或
は轉居せざるまでも從前は一家族三室又は四室に分居したるものも儉約の爲めに以後は二
室又は三室にて間を合はすなどいふ事となし隨て中央市區内家屋の需用大に減少し町内
所々に齒の抜けたる如く空地を生じ或は巍然たる商店の軒を並ぶるあるも間ま戸を鎖して
店頭人を招くものは風にもまるゝ貸家札のみといふやうなる市中一体甚だ淋しき景况を呈
すべきやも知るべからずと云て未來の取越苦勞に心氣を惱ますもの即ち是なり我輩は斯る
奇觀を實際に見得べしとは決して信ぜざる所なれども豫算はすべて成る丈け内端にするが
尋常の道なるがゆゑに遠く萬一の危險を慮り豫め大にこれに備へて斯る悲境に陥らざるの
工風に手を盡すも亦東京市區改正に關する甚だ大切の事柄ならんと信ずるなり此準備の第
一は東京に築港して海の商路を開き東京に集まる鐵道の線路を増し又これを長くして陸の
商路を便にする等に在ること固より論を俟たざれども此等重大なる事柄の外に日常瑣細の
事に渉るまでも人間處世上の快樂便宜は其必要に屬すると贅澤に屬するとを問はず一切萬
事皆中央市區内に集合せしむるの工風を爲すこと甚だ肝要なり各商品の中央市塲等は勿論
芝居相撲塲勸物興行塲遊廓の類に至るまで皆中央市區内に輻輳せしむべきものにして決し
てこれを僻遠の地に疎外すべからず即ち方數里内の中央市區を人間世界生存競爭の地獄極
樂の中央區と爲して決して其細小事故を問ふべからざるなり斯くの如くして尚ほ東京市街
の寂寥を掛念するは寧ろ過慮の甚だしきものと云はんのみ