「商人には政事の心掛なかる可らず」
このページについて
時事新報に掲載された「商人には政事の心掛なかる可らず」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。
本文
商人には政事の心掛なかる可らず
政事政界は財を作るの地に非ずしてこれを散ずるの地な〓政談は今より將に立身せんとす
る者の爲すべき業に非ずして既に立身したる人の須らく爲すべき務なり左れば世の小壯有
爲の徒が未だ一身の獨立も成らず一家の生計も立たざるに早く既に政事世界に雄飛して其
〓〓〓と衣食の道をもこゝに求めんとするは時勢不相當の〓望なりと云はざる可らず然れ
どもこは唯少壯有為の〓資本家に對して言ふべきことにして既に衣食に乏しからず財を散
ずるに十分の餘力ある人々に向ては自から又別の所望の點ありと申すは今の日本社會を見
渡して資産の裕なるは何づれの部分なりやと問へば則ち買入なりと答るの外なし最も資産
に富む人は最も政事〓〓する者なり即ち我輩が此種の人々に向て政事の〓〓あらんことを
所望するもこれがためのみ斯く言へば〓〓我輩は商人に士官を勸むるにはあらず官途に立
〓〓〓〓〓たるも亦人生の一事業たるがゆへに若し資本〓〓〓からざる商人にして政事社
會に奔走し官途の〓〓〓〓さんと欲するものあらば至極面白き考なるゆ〓〓〓〓くこれを
試みて可なりといへども商人必ずしも〓〓〓〓〓たるを要せず政談の目的亦必ずしも官吏
たら〓とするにあらず盖し一國の政事は廣く社會の事物〓〓〓するものにして其心掛の有
無に由り日常處世の〓〓〓大なる利害を致すが故に仮令商人にして身は尋〓〓〓〓に從事
しながらも常に政事社會に眼を配りて〓に〓〓〓れざるは獨り國のため大切なるのみなら
ず一身が家のために必要の事なる可し
〓〓〓〓日本商人の有樣を見るに古來封建専制の治下に〓〓〓〓〓〓智徳の啓發を妨げら
れたる中にも政事〓〓〓〓は當時の堅き法度にして少したりとも之に啄を〓〓〓〓〓と相
成らずこれが爲めに商人は一般に眼界〓〓〓〓〓〓にして徳義上自尊自敬の念少なく卑屈
怯〓〓〓〓〓んとして迚も世に立つ望なしとの感を起させた〓〓〓〓は〓しく今日にまで
傳存し、その痕歴々明〓〓〓〓足るものあり〓〓千萬の事共なり盖し日本の〓〓〓〓〓〓
も今より二十年前までは同じく政談を禁ぜ〓〓〓〓〓〓にして一は土百姓一は素町人その
地位の劣等なる〓〓〓遠する所無かりしが今日文明の時代となりこの農商を相併べて與に
時事を論ずるの塲合に至る時は農者は古來窮屈極まる世界に在ても幾分か政事の心掛を有
し讀書の嗜あり自尊の心ありしゆゑにや早くも文明世界の新思想を移して時事に注意する
ことを怠らず知見の博き一目してこれを察知し得べしといへども商人は然らず概して讀書
の嗜なくして其知見も亦博からず偶ま政事談を聞くも其味を解する者少なきが如し畢竟商
人は都會の地に住し武斷専制の空氣に甚だ近接し在りしを以て一層其怯心を加へて然りし
ものならんか今日に至るまで商人の金力に富むにも拘はらず世人の輕侮を蒙ることの甚し
きは其原因全く此所に在りと云て可なるべし但し商人が專門に商業を營むとて決してこれ
を不可と云ふにはあらず業は專らならざるべからず專業こそ大切なれども苟も社會の表面
に立て其地位公衆の尊敬心を喚起せんとするには今少しく十呂盤面外に心を馳せて政事の
心掛を養なふに非ざれば叶はざることなり扨又その政事の心掛或は政談などいふときは何
か六ケ敷やうに聞ゆれども實は決して左る事柄にあらず友人と相逢ふて互ひに健全を祝す
るの禮畢り扨近日世上何か事なきやとの間起る、此問即ち政談の發端にして必ずしも高尚
なるにあらず又新奇なるにあらず日常淺近の俗談にても之を談ずる人の心掛次第にて面白
き意味を含みて政事談とも爲ることなれば或は之を政事と云はずして手近く社會談又は世
事談と稱するも可ならん即ち世間の普通、士人の常にして人々相會すれば其談時としては
政事世事に及び説き來り説き去りて座中或は得色を催ふす其中に獨り商人の一種族に限り
少しもこれに通せずとありては轉た自ら屈辱するの外ある可らず西洋諸國にて商人とも呼
ばるゝ人物は大に其趣を殊にし社會の利害政事の變化其内部の事情に至るまでも具さに之
を知りながら其身は依然商賣に從事し生路を爰に托しつゝ以て交際社會に立つが故に人に
對するにも決して我知識の後れたるを思ふて臆するに及ばず隨て社會に其地歩を高めて世
に尊敬せられ仮令へ身は直接に政治家たるを求めざるとも我より與論を動して政事世界の
風潮を支配することさへ難からずと云ふ盖し人間萬事先立つものは金ならざる所なし既に
資産ある商人にして又社會の知識に乏しからざることあらずこれぞ所謂鬼に金棒なるもの
にして人間世界を横行して敵を見ざるは決して恠しむに足らざるなり兎に角に日本の商人
も今少しく心事を轉じて政治世務の心掛を養ひ成さんこと我輩が商人其人の爲めに切に希
望する所なり