「農利を高燥の地に求むべし」

last updated: 2019-09-08

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時事新報に掲載された「農利を高燥の地に求むべし」を文字に起こしたものです。画像はつぎのpdfに収録されています。

本文

農利を高燥の地に求むべし

世に説を爲す人あり日本は世界中にて耕作の最も行はるゝ國なれば苟も利を収むべき地は

悉く開て餘裕を存せずと如何にも表面は其言通りにして山の隈、溪の涯、地の卑濕にして

水利に便なるの處もあれば猫額大の地といへども尚之を耕さざること無く東西南北全國到

る所水田なきの地あるを見ず實に往屆きたるが如くなれども之と同時に高燥の地に到り見

る時は誰とてこれを拓く者無く廣袤幾十里の沃野を放棄して利を収むることを知らず而し

て斯る沃野の合間々々を補綴する狹少の卑濕地をば氣根強くも探り出してこれを稻田と爲

す其勞に較べて其酬の僅少なるべきは勿論なるに少しもこれを顧みず日本國中比々皆然る

が如し試に第四統計〓〓に據りてその事例を掲げんに

                   町   百分に付

 全國民有反別總計一二、二四五、一〇九、六  一〇〇、

    田     二、六四七、一〇四、三   二一、六二

  〓 畑     一、八九一、九一九、九   一五、四五

  〓 宅地      三五三、一九六、四    二、八九

    〓〓        六、六九〇、五    〇、〇五

    山林原野  七、三四六、一九八、六   五九、九九

 〓〓〓〓〓別總計 五、四二三、六三七、二  一〇〇、

  〓 山林    五、三八八、七八七、九   九九、三六

  〓 其他〓〓地    三四、八四八、三    〇、六四

今後〓〓本の土地を卑濕、高燥の二大別に區分したる上にて我國の農事はその孰れの邊に

最も開けたるやと尋ぬるに水田即ち卑濕の地なること申すまでも無けれど〓これと同時に

高燥の地の有樣を顧みるにその漸く開けたるは獨り畑地耕作の一箇條あるのみにして他に

山林原野といふ民有地の六割をも占むる廣漠の地面には〓〓を〓ふること極めて僅少なる

が如したゞ山林よりは〓〓を伐り廣野よりは芻草を芟るものとのみ心得て〓〓たるは畢竟

封建の治下來のみを作りたる積習に〓〓〓るならんとは云へ左りとは亦甚だ遺憾の次第な

らずや〓〓〓〓〓の利益とも云ふべきや季〓〓良にして〓〓〓〓〓〓〓はず山林には必ず

〓木生ひ原野には〓〓〓〓〓〓國中〓〓の〓として〓〓〓土あるにあらず〓〓の〓〓なら

ずして米を作るには便ならずといふ〓〓〓〓〓くはこれを〓〓は置き〓るに〓〓なし米耕

作〓〓〓の〓〓を〓〓し〓るの〓〓に〓ふ可からざる〓〓

〓〓に〓〓〓〓〓を〓べん〓農民に從前の如く米耕作の一事をのみ專業と爲さしむるは大

に宜しからず今後は策を轉じ此迄打捨て置たる高燥の地に新に農事を起してこれを兼業に

さすべしその事業の如き一にして足らずと雖も我輩の思附きたる所にては第一に桑を植え

同時に養蠶業を盛んにすべし盖し桑田の稻田に比して利益多き次第は我輩嘗て紙上にこれ

を詳論せしことあり從來の稻田を潰して桑田と爲すも尚且つ大なる利益あり况んや是迄未

開不用の其土地に桑を植るとや其利益の多きは無論の事にして深く説くに及ばざるなり或

は地味風土に依りては茶を栽培して大に之を海外の市塲に輸出するも妙なるべきなり第二

には牧畜の業なり全体牧業と穀物耕作の二つは其縁最も親近なるものにして農夫なれば牛

羊の飼養に利便多く、牛羊を飼養すれば肥料の供給充分にして地味豊饒の助けと爲り又は

耕耨運輸の業も容易となり其利益に著しきは西洋諸國の農夫大抵牧畜を兼業とするの事例

に照しても明白ならん英吉利は世界中にて商賣工業の最も進みたる國なれども其農事も亦

充分に發達し人口過剰、國に餘地なきにも拘はらず其全國の牧羊を國民総体に配當するに

百人に付三十頭にも上ると云へり其他歐洲大陸の邦國に至りては其比例少きも三四十頭、

多きは六七十頭以上に及べり然るに日本國の牧牛數は各種を併せ僅かに一百萬頭なりこれ

を三千七百萬の國民に割れば百人に對するの牛數三頭に上らず國に商工業の稱すべきもの

なく纔かに農業を以て稱せらるゝ國にして牧畜業の振はざる此の如しといふに至りては亦

法外といふに外無きなり第三日本の全面積三分の二は殆んど山林に属するほどなるに古來

より山林事業を忽にしたるが爲め其利益少しも擧らずたゞ之を以て薪炭を作り又木材を伐

り出すの用に供したるのみなれども抑も歐洲諸邦に於ては夙くより此業を改良して其収益

も尠可らず其官有と私有たるとに論なく一町歩に付年に幾圓の純利あること其常なるに日

本に於ては官有山林は申すに及ばず私有の山林なりとて少しもその益を収むることを勉め

ず惜むべきの至りならずや盖し日本人は山林とは薪炭木材の供給を爲す許りの者なりと誤

解し居たることならんといへども此等の外、他に有益なる産物の収穫決して尠少にあらざ

るなり例へば漆を採るとか樟腦を製するとか其他日常の需用品にして供給を山林に仰ふぐ

もの極めて多くその所産獨り内國の消費に止まらず海外に輸出して賣口の宜しきもの一々

數へ難し要するに是等は農民がその農事の一部分として兼業するに甚だ利あるものなり尚

此外にも高燥の地を利用せんとならば小麥を作り葡萄を植る等孰れも今の農民がこれを爲

すに有益なるもの甚だ多し要するに今の如く米一物の外に眼を注がずして汲々稻田に從事

する許りにては國民の最大多數者たる此農民の殷富を致す事は極めて難からんと思はる我

輩は日本全國の農民に米耕作專業の不利益なるを示し西洋諸邦の如くに今より兼業の法を

採り追ては米耕作を廢するまでの覺悟あらんことを望み敢てその斷行を促すものなり